学校でのICT活用に欠けている論点 キーボード

 コロナは教育にも大きな影響を与えたし、また今後も影響は拡大していくだろうが、その焦点のひとつがICT活用にあることはあきらかだ。3カ月以上の授業の空白を、オンライン教育で埋めることができたところと、まったくできなかったところでは、大きな差が生じたといえる。もともと、GIGA構想なる、すべての子どもに一台という政策が公表されていたが、コロナでその動きが加速されそうだ。しかし、そこには、大きな疑問もある。実際に活用能力がないところに、機器だけもたせても、どれだけ効果があるのか。本当に教育現場での活用が十分に検討されたなかで、出てきた構想なのか、等々。人によっては、いろいろな疑問があるだろう。私が、構想の文章を読んだときに、最初に感じたのは、ああこれは、国内のコンピューター企業へのてこ入れ、助成が目的なのかということだった。

 現在でも、学校には、生徒用にけっこうな数のパソコンが設置されている。しかし、私が知る限り、効果的に使われているとは、到底思えない。退職してしまったが、まだ現役だったころ(今年3月まで)には、学生たちに、高校までのパソコン活用については、できるだけ実態を聞いてきたつもりだ。現在の学校でのパソコン活用に、一番欠けているのは何か。それは「自由」なのだ。コンピューターのような機器は、若い世代ほど習熟が速く、年長者である教師が指導できる部分は小さい。授業等で、指定した使いかたで学習に活用する場合は除いて、どんどん自由に使わせるのが、最も効果をあげる。妙な使い方をされたら困る、とか、壊されるなどという心配をするが、前者はアクセス制限をすれば済むことだし、後者については、機械は壊れるものだと割り切るべきものだ。どうせ3年か4年で入れ換えていく必要があるのだから。
 「自由」は、機器選定や、個人のパソコンやタブレットの使用を認めるか、等々、できるだけ広範に認められる必要がある。
 さて、そうしたことの一環でもあるが、ICT活用に関する議論で、まったく欠けていることがある。それはキーボードの問題だ。私は、親指シフトの使用者なので、特にその点を感じている。iPadは、各国のキーボードを使うことができるようになっている。(ただし、画面上での選択)私は、ヨーロッパの言語を数カ国語使うので、キーボードを入れ換えて使える必要がある。使うといっても、辞書を引くときに絶対必要なくらいなのだが。そうして感じることは、英語圏で最初につくられたキーボードqwertyを、そのまま自国のキーボードにしている国は、ほとんどないということだ。ヨーロッパの言語でも、英語以外は、特別の記号や文字をもっている。だから、英米で標準となっているキーボードでは、出せない文字があるわけだ。そのために、必要なキーを付加したり、そのために文字そのものを並べ替えたりしている。iPadを使っている人は、ぜひ試してみてほしい。
 もちろん日本でも、日本独特のキーボードがあることはある。しかし、ほとんどの人は、特に考えることもなく、英米と同じ並びのキーボードを使い、日本語を入力するときには、ローマ字で入力しているのではないだろうか。私の考えでは、これによって、入力が遅くなり、また、文章を頭に浮かべ、それを打ち込んでいく際に、余計な作業が入ることで、思考のスムーズさも損なわれる。「思考」を打ち込むときに、「しこう」と打ち込めれば、余計な作業が入らない。しかし、ローマ字入力だと、sikou と音声とは異なる文字を並べる必要がある。これは、どんなに慣れたとしても、流れとしてロスが生じるのだ。
 だから、原理的には、「かな入力」が優れている。しかし、通常のキーボードについている「かな」の配置は、JIS企画と言われているが、非常に打ちにくく、特に速くもならないと言われている。それに対して、かな入力で、非常に速く、かつ合理的に打てるように工夫されているのが、親指シフトである。これは、統計的な処理をして、打ちやすい配列を決めたものだが、もうひとつ、親指を押しながら打つ場合と、押さずに打つ場合で異なる文字を打てるようになっている。そのために、JISのかな入力だとキーボードを4段分使うのに対して、3段で済み、タイピングが可能になっている。
 私は、今はローマ字入力は使わないが、若いころは、ローマ字入力も親指シフトも、両方かなり速く打ち込むことができた。両方とても、ソフトを使ってトレーニングしたからだ。しかし、だんだん、ローマ字入力は、思考の流れにそわないので、使わなくなり、今は親指シフト一本にしている。製品がある限りは、変えないつもりだ。昔、ワープロ専用機が盛んに使われていたとき、入力コンテストが行われていたが、親指シフト使用者が、圧倒的に上位を占めていたことでもわかるように、その優位性は明らかなのだ。
 親指シフトは、富士通が考案したものだが、非常に優れていることが認められて、コンソーシアムがつくられ、各メーカーも取り入れることになったが、やはり、富士通以外は不熱心で、そのうち富士通も、オプションにしてしまった。しかもキーボードはえらく高価で、ソフトも特別のワープロソフトを購入しないと、通常は使えない。親指シフトキーボードは、通常のアルファベットも、またローマ字入力も不便なく可能なのだから、親指シフトを標準装備にすれば、もっと普及しただろうし、余計な費用負担もなく使えるのだが。そういう意味で、とても残念な状況になっている。
 そういう事情で、ローマ字入力が当たり前になっているのだが、本当にこれでいいのだろうか。私は、別に「日本愛国者」でもなんでもないが、日本語入力の合理性という点で、絶対的に親指シフトを支持しているし、拡大させたいと考えている。にもかかわらず、コンピューターの極めて重要な入力装置であるキーボードに関して、ほとんど議論すら起きないことは、非常に解せないのである。思考と入力をスムーズにすることは、思考力や表現力を高めるためにも、重要なことだと思うのだが

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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