北朝鮮情勢を考える

 半月位前までは、連日のように北朝鮮に関する話題が報道されていた。韓国の脱北者によるビラ配布に北が激怒し、金与正による罵倒が続いたあと、6月19日、南北共同連絡事務所の爆破までは、驚きの連続のように報道がつづいた。何故金与正が指示をだすのか、金正恩はどうなっているのか等々。そして、それにつづいて軍事計画が予告されたが、それは金正恩が保留を命じて、その後激しい動きは見えなくなった。北が南に向けてビラを撒くとか、あるいは軍事境界線上に大きなスピーカーを設置して、非難の声を流すなどの準備がなされてもいたが、これも中止になった。そこで、またまた様々な疑問がだされた。やはり、一市民として、こうした状況をどのように考えるのか、自分なりの現時点での整理をしておきたいと考えた。 
 疑問を思いつくままにあげてみる。
*金正恩は生きているのか、瀕死の状態なのか。現在でも実質的な指導者なのか。
*金与正の暴走は、金正恩の承認によるものか、新たな政権移譲の結果なのか。
*北朝鮮は、伝えられるように、食料も尽きかけた、国家としての瀕死の状態なのか。
*文政権の舵取りは、今後も北との融和、統一路線を堅持するのか。

 このような疑問を抱きつつ、いろいろと情勢分析の論文を読んでいると、かなり対立する、全く正反対の見解があることがわかる。上に書いたような、個別的な問題ではなく、もっと大きなことだ。
 ひとつは、西村金一氏の見方で、「金正恩が長い間姿を表わさなかったのは、韓国侵攻の軍事プランを練っていたからである」(「今年中にもある得る、北朝鮮の韓国侵攻」https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61058)とする見方である。新型コロナウィルスから逃れていたことは事実だろうが、金正恩は、韓国侵攻のための戦略を練るために、表舞台にでなかったのであって、その見通しがたったので、韓国に対する強硬路線を明確にしたというわけだ。
 北の獲得目標は、韓国駐留米軍の撤退と経済制裁の解除であった。これを追求するために、米朝会談を行ったわけだが、その結果、ともに当面は無理であることがわかって、昨年の暮れに、方針を明確にしたと、西村氏はいう。半年前の2019年の12月末の党中央委員会総会を振り返って見ると、北は、「われわれは、過酷で危険極まりない大きな苦難を受けた。人民がなめた苦痛と発展を阻害された代価を払わせることを決めた。正面突破作戦を展開する」とする内容を発表したことを思い出したと書いている。
 ここで、念のために確認しておくと、「非核化」ということにこめた意味が、日本やアメリカと北朝鮮では異なっている。日本やアメリカにとって、非核化とは、北朝鮮が核兵器の開発を完全に諦めて、これまでの施設や核兵器をすべて廃棄することである。しかし、北朝鮮にとっては、必ず「朝鮮半島の非核化」という言葉を使っているように、北朝鮮の非核化と韓国駐留米軍の完全撤退の双方を意味するわけである。もっとも、実は後者が先で、前者は引き延ばす目論見だろうが、ここに大きな意識の差がある。
 私は、北朝鮮という国家が、今のままで存続することは望まないし、国際的にみて、最も酷い人権抑圧国家であり、かつ、時代遅れの「王朝国家」だから、いつか崩壊すると思っているが、しかし、多くの日本人が思っているよりは、律儀な側面をもった国家であるとも考えている。だから、北朝鮮の意図の下での合意が可能だとの文在寅大統領の言葉を信じて、米朝会談に臨んだのだと思われる。しかし、アメリカの意図は、文在寅の伝えたものとは異なっていることを知り、当面の二つの獲得目標を諦めたことは間違いないだろう。
 そこで、西村氏は、北による南の統一路線に踏み切ったというのである。だから、金与正の強硬発言や南北共同連絡事務所の爆破も、すべて金正恩の承認の下で行われていると見ている。

 西村氏は自衛隊での、様々な作戦検討をしてきた経歴がある人で、冷静に事態をみた上での見解だろう。(尤も、以前は、こうした見方をすることができず、甘かったと反省しているのだが。)
 しかし、いくつかの素朴な疑問も生じる。それは何よりも、金正恩の雲隠れの長期間であることと、重要な行事に出てこないという不自然さである。これについては、西村氏は、明確に書いていないが、金正恩が出ていないのは、重要ではあるが「儀式」であって、重要な会議には出席しており、また、5月1日の肥料工場は、実はミサイルの燃料工場を兼ねているという意味で、重要な方針決定の会議や軍事的な意味のある場面では出てきている。そういう意味で、雲隠れしていたのは、あくまでも軍事的な仕事に没頭していたのだという説明は可能だ。だが、出てきたときの金正恩の姿は、いかにも病的であって、これから韓国侵攻を決意をしているような、強い指導者イメージからは遠い。やはり病気なのではないか、あるいは影武者なのではないかとの疑問は拭いきれない。さらに、わざわざビラ配布準備の写真やスピーカー設置の場面まで流しながら、急遽撤去してしまうというのは、一貫した計画でやってきたとは思えない、場当たり的な感じもする。この計画が公表されたときには、思わず、「そんなに紙つかっていいのか」「スピーカーの大音量は電気を過大に消費するのではないか」と疑問に思ったものだが、やめたときには、やはり無理できないのかと、素朴に思ったのだが。

 同一民族なのだから、北にしても南にしても、統一を望むのはごく自然な感情である。しかし、統一志向は、歴史的に大きく変化してきた。当初は北のほうが統一志向が強く、強い経済力と軍事力を背景に、実際に戦争を起こしたわけだが、その後、韓国の経済力が大きくなるに従って、双方とも統一の指向性は弱まったとされている。そして、現在は、双方に統一志向が再び強まっているが、互いのイメージは異なっている。文在寅は、西ドイツが東ドイツを吸収したような統一イメージを描いているという。そして、西村氏によれば、北は昨年暮れに、武力統一路線に回帰したというわけだ。そして、西村氏は、北の軍事力は、まだ不十分であるとしても、反抗する意志のない文在寅政権であるという前提があるのだろうが、韓国を制圧するに足るという自信をつけたとみなしているようだ。

 文在寅のドイツ的統一イメージは、かなり気の長い話だが、少なくとも現在の北朝鮮の現状を考える限り、かなり非現実的であると考えざるをえない。西ドイツと東ドイツは、現在の朝鮮よりは、ずっと交流があった。通常の人の移動はかなり制限されていたが、文化人の往来などは、けっこう盛んに行われていたし、なんといっても東ドイツのベルリンのなかに、西ベルリンという西ドイツの領域があったのだ。閉鎖的であった東ドイツではあったが、優位性を示すために、東ドイツの文化人を西に覇権することは頻繁にあった。また、いかに閉鎖的であったとしても、東ドイツの国民には、西の情報が不自由ながら伝わっていて、北朝鮮のような完全閉鎖状態ではなかったのである。しかも、戦争はしなかった。そして、最終的には、ゴルバチョフが東ドイツを見限った結果、壁が崩壊し、西への移動が事実上自由になっていた。だから、統一が必要であるという認識は、その時点で東西共通になっていたのである。しかし、北朝鮮は、社会主義国家の体裁をとっているが、実質的には、前近代的独裁王朝国家である。そして、崩壊の兆しは、現時点ではない。中国はしっかりと支えているように見える。
 従って、ドイツ的な統一は、朝鮮半島では、おそらく有り得ないと考える。すると、統一があるとしたら、アメリカが韓国を見限って軍隊を引き上げ、文在寅の韓国が、どんどん北朝鮮に譲歩していくという形での統一以外は、考えられない。おそらく、日本にとっては最悪の事態だろうが。文在寅はそれもありだと思っているのかも知れない。そうすれば、経済力も軍事力も、はるかに日本より強大になる。
 しかし、その場合、明らかに国家元首は金正恩であって、文在寅ではない。文在寅が無事に政治生命を継続できるのだろうか。

 以上のような見方とはかなり異なるのが、福山隆氏である。福山氏は、この間一貫して、金正恩は死亡したか、重体であるという見方をしている。そして、金与正への権力の移譲のため「先軍政治」を再度採用する可能性があり、それが、爆破や軍の配備などにつながっていると見ていたが、それだけでは説明できない状況を感じ、習近平が背後にいて、最近の北朝鮮の動きを引き起こしているという。香港問題やアメリカ大統領選挙をにらんで、北を扇動しつつ、文在寅に「我が方につかないと大変なことになる」という脅しをかけているというわけだ。(「北朝鮮の金与正を使嗾する中国・習近平の老獪な手口」https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61023?pd=all)つまりは、米中の代理戦争を南北が行っているが、しかし、韓国の立ち位置が定まらないから、北と中国の圧力は、韓国を引き込むようにかかっているということか。こうした見方が、日本では多いように感じられる。
 日本のyoutubeを見ると、中国や北朝鮮は、いまにも崩壊しそうな雰囲気が醸しだされているが、それはやはり疑問だ。中国はかなりの食料を援助をしているようであり、北朝鮮でクーデターが起きる可能性はあまり考えられない。
 結局、現時点で北朝鮮がどのような政治状況になっているかは、少なくとも日本では正確には掴みようがないのだろう。そういう意味で、いろいろな専門家の見解を比較検討して、いかなる事態が起きても、思考的に対応できるようにしておくことが、一市民にできることだろう。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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