教育学を考える7 教師の自由と立場性1

 教育の自由にとって、教師が教える際の自由は、極めて重要かつ困難な問題である。日本における最大の論点のひとつである教科書検定をとってもわかる。教科書検定は、戦後一貫して問題であり続けているが、当初と現在とでは、問題の表れ方がかなり異なっている。
 まず、学習指導要領が法的拘束力をもつと文部省に宣言され、そして、教科書検定が永久化・強化され、それに対して家永三郎氏が、教科書検定は検閲にあたり違憲であるとして、教科書訴訟を提起した。その訴訟は、30年続いたが、その最終盤から様相が変わってきた。適切な区分かどうかについては議論があるが、左翼が中心であった家永訴訟から、その後、検定に関わる文科省との軋轢は、むしろ右翼から提起されるようになり、昨年から今年始めの検定結果については、右派教科書が検定不合格となって、教科書検定への批判が右派から巻き起こっている。
 家永教科書への不合格理由の中心は、民衆中心主義や戦争の侵略性を強調しすぎるという点だった。しかし、そうした検定に対して、中国や韓国から批判が起き、南京事件や慰安婦が教科書に掲載されるようになると、今度は右派からの批判が起きて、慰安婦は教科書から消えていく。この流れのなかで、「新しい歴史教科書をつくる会」(以下「つくる会」)が教科書を作成するようになり、採択への圧力をかけるなどの社会問題もおきた。韓国との間で合意された内容の影響もあるだろうが、慰安婦記述が復活する事例も出てきている。
 それに対して、「つくる会」や竹田恒泰氏のつくる教科書などが、検定不合格になって、文科省批判を強めているというのが、現状である。youtubeで教科書検定と検索をかけると、こうした右派論客による文科省・検定批判で埋まっている。
 この逆転現象は、単に検定への批判というだけではなく、政治的立場以外にも大きな違いがある。家永氏は、学習指導要領の法的拘束性に疑問を呈する立場であり、あわせて、検定は検閲であるという違憲を主張をもっていた。「教育の自由」を立論の中心においていたわけである。それに対して、「つくる会」は、学習指導要領の法的拘束性は肯定しつつ、あくまでも検定内容で争っている。「教育の自由」や「検閲」等の人権的内容とは関わりなく、あくまでも自分たちの掲げる歴史認識こそが正しいのだという主張のみである。だから、両者は多くの歴史的見解の相違があるが、法的主張の枠組みが異なるのである。そして、「つくる会」は、個別的な歴史的見解を、検定で認めろというところに戦線を限定しているように見える。
 ここから、こうした対立があるという前提の下で、「教師の自由」はどのように考えるのか。「教育の自由」の中心的位置を締める「教師の自由」は、教育の多様性を保障する概念であるが、逆に、多様性の保障、つまり「教育の自由」の考えを脅かす事態が、教育現場ではたくさん起きている。まずその例をあげてみよう。
 大部前だが、漢字教育は、旧字体を原則にすべきだと考える教師のグループがあり、そこに属する教師たちは、それを教室で実行していた。当然のごとく、それは問題となり、禁止された。大分前のことなので、教師たちがどのように処遇されたかは忘れてしまったが、解雇はされなかったと思う。もちろん、彼らの主張には明確な根拠がある。漢字は表意文字であり、構造が重要である。ところが新字体は、その構造を変えてしまうので、意味との関連か不明になってしまう字が少なくない。だから、意味と構造が明確に結合している旧字体をこそ教えるべきなのだ、と。しかし、学習指導要領は、漢字を、公用語としての日本語で教えることを規定しており、その字体も明確に表で示されている。ただし、国民が私生活で旧字体を使用することが禁じられているわけではない。この場合、教師に自由が認められるだろうか。
 では、よく問題になる歴史はどうだろう。実は歴史の教科書は時代によって、かなりの変遷がある。以前は当然のことのように教えられていた内容が、今では異なるように教えられている事例がいくつもある。
 一例をあげれば、江戸時代は鎖国していたことになっているが、近年、実は鎖国していなかったという学説が多くなり、少しずつ教科書に反映されるようになっている。しかし、鎖国否定に徹しているわけではない。すると、教師は、どう教えればいいのだろうか。教師が一生懸命勉強して、自分の考えをまとも、それに応じた授業をするのがいいのか、教科書がたっている立場にあわせて教えるのか、あるいは、様々な立場を紹介して、結論は生徒たちに考えさせるのがいいのか。
 また、歴史学における到達点と、学校で教える内容は一致しているべきなのか、あるいは、学問と教育は異なるのか。聖徳太子は、実在した人物ではないというのは、現在の歴史学の大勢だろう。しかし、教科書の多くは、実在であることを前提に書かれている。17条の憲法や遣隋使の派遣は、聖徳太子の業績とされている。つまり、学問で確認されたことと、教室で教えられていることがかなり乖離しているのである。社会科の教師といっても、その力量や情熱にはかなりばらつきがある。教師にこうした内容を教わる側の選択という問題も発生するといえる。
 上に書いた中学歴史教科書検定で、不合格となった「つくる会」の教科書には、「天皇は神話の世界から現代まで続いている世界に稀な王室だ」という記述があるようだ。そして、こうした叙述を認めない教科書検定を批判する。しかし、家永氏のように訴訟までは起こさない。
 理科の授業で、仮説実験授業の方式で行うと、子どもたちの理解ははるかに進み、また楽しいと感じる。しかし、保護者は喜ばないこともある。教科書通りではないからだ。
 アメリカでは、1960年代まで「進化論」を理科の授業で教えることが禁じられていた。流石に、その後「創造説」ではなく「進化論」が教えられるようになったが、創造説派も巻き返して、知的計画説なる焼き直し説も「同時に」教えられるようにすべきだという運動を繰り広げている。日本やヨーロッパでは、理科の授業に聖書の教えが取り入れられるというのは、信じがたいが、アメリカではそのような主張は、珍しくない。
 こうした明らかに効果的であるかどうか、また内容自体に多様な解釈がある場合、更に立場性が影響するような場合、教師の教育の自由は、どこまで認められるのだろうか。
 次に、「教育の自由」論との関連で、この問題を掘り下げてみる。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です