6月4日の時事通信の記事には、以下のように書かれている。
「新型コロナウイルスへの対応でロックダウン(都市封鎖)を行わない独自路線を進んでいるスウェーデン政府の疫学者アンデシュ・テグネル博士は3日、地元ラジオのインタビューで「われわれの取った行動には明らかに改善すべき点がある」と述べ、反省の念を示した。地元メディアが報じた。」
ただし、この記事では反省を示しており、これから新しく対策をとるならば、今の政策と、欧米がとっている政策の中間だろうと述べているだけで、具体的な反省点や代替の方法を示しているわけではない。中間というのは、日本のような強制力のない自粛要請だろうか。
スウェーデンのロックダウンをしない対策は、集団免疫を目指していると説明されている。それは事実なのだろうが、更に日本ではあまり紹介されていない理由がある。それは、隔離政策は、高齢者に致命的な打撃を与えるから避けるべきだというものだ。
スウェーデンは、高齢者の自殺が多いことで知られている。私がオランダに海外研修にいったときに、ライデン大学で博士号を取得し、当時ケンブリッジ大学で助手をしていた日本人が、イギリスで暮らしていると、冬になると死にたくなるんですよ、と語っていたことが、非常に強く印象に残っている。これは、冬になると日光を受けなくなり、鬱になりやすいということのようだ。オランダでも、冬至の付近では、朝は9時くらいまで暗いし、午後の3時ごろになると暗くなり始める。スウェーデンは、オランダよりもずっと北だから、日照時間はもっと短いだろう。寒く、暗く、そして人口の極端に少ないスウェーデンのような国では、特に冬には孤立する高齢者が多いということだろう。
スウェーデンでは、刑務所の独房にいれられた囚人の精神状況について、詳しく研究し、独房は精神疾患を起こしやすいとして、できるだけ独房にいれない措置をとるようになった、と読んだことがある。このように、孤立による精神的な危機を強く意識した政策をとってきた国だから、隔離政策が、特に高齢者に与える悪影響を考慮して、採用されなかった理由のひとつになっている。
76歳以上の高齢者は、ほとんどの時間帯で孤独を感じており、健康問題や身体の機能低下を抱えている。そこに、ソーシャル・ディスタンスが入ってくると、死の危険が高まるという研究結果があるという。しかも、必要なのは精神的な接触だけではなく、身体的な接触だという。
しかし、スウェーデンのロックダウンしない政策によって、高齢者施設での死亡数が非常に高い。スウェーデンの医療では、高齢者は、医療資源に余裕がある場合にのみICUでの治療を受けることができるという。コロナ禍で患者が激増している以上、高齢者は重症であっても、それに見合う治療を受けることかできないわけである。(尤も、より若くても、基礎疾患がある場合には、優先順位を下げられる。)
日本では高齢者施設は、面会謝絶になったが、それでもクラスターが発生した事例がある。スウェーデンでは、先に書いたように、高齢者の隔離という方法をとらないから、当然、感染リスクも高いし、また、施設内で二次感染して拡大していくわけである。しかも、治療の対象にならないのだから、感染は広がり、しかも高齢者の死亡可能性が高い疾患だから、スウェーデンでは高齢者の死亡数が、他の国に比較して、極めて多くなった。だからといって、高齢者の治療優先順位を高めろとか、隔離政策をすべきだ、という議論にはなっていないと思われる。たとえ、感染とその後の死という危険があったとしても、孤立して孤独のなかで生きる、そして、そのことによって精神的に死に向かってしまうよりは、人との接触を保って生活していたほうがよい、という判断なのだろう。
単純に肯定できるわけではないが、深く考えさせられる選択である。