廃案ではなく、成立を見送りとなっただけだから、次の国会で再度提出してくることは確実だ。もちろん、「特例」以外に関しては、多くの政党も賛成しているのだから、「特例」を辞めればすんなり通るのだろうが、そこはまだよくわからない。
5月18日に見送りを、安倍首相と二階幹事長の間で合意がなされたわけだが、実は、その直前まで、安倍首相は強行突破の決意だったとしか思えない。そして、そのための「新しい理論武装」までしていた節がある。突然いいだした「法務省からの要請を了承しただけだ」という主張である。この論理も何人かによって詳細に反論されているが、自分の整理という意味で、私自身確認してみた。
「櫻テレビ」というインターネットのyoutubeの番組があるが、5月16日付けの番組に、司会櫻井よしこで、安倍晋三首相がゲストとして対談している。そこである程度の時間をとって、検察庁法案について話をしているのである。どうやら、ここが発信源であるようだ。
概略次のようなやりとりをしている。
さ 黒川氏の定年延長は、法務省が案としてもってきたもので、官邸はそれを承認しただけだときいているが、本当か?
あ その通り。検察庁がこうしたいということで、法務省がもってきたのだ。
さ 現在の検事総長が辞めないので、(黒川氏に引き継ぐ姿勢を示さないということのようだ)頼んできたということは?
あ 詳細は知らないが、とにかく、検察が頼んできたのを、われわれは承認しただけだ。
さ 今回の件でも、検察の定年を国家公務員と同様に引き上げることを、法務省がもってきたというが。
あ 一般に準じて検察もあげるということだ。三権分立を侵害するというが、検察は行政機関であって、裁判所が司法だ。
さ 黒川さんは、安倍政権に近いといわれるが、秋元さんや自民党関係者を逮捕している。安倍政権に近いというのは、おかしいと思うがどうか。
あ イメージを作り上げているのだと思う。黒川さんと二人であったこともないし、黒川さんは、検察としての矜持をもっている。
さ 枝野氏が、火事場泥棒だといっているが、森法務大臣がきちんと手続とっている。
あ 特定秘密法で映画が作れなくなるなどと非難していたが、そんなことはない。日本は安全になった。
さ 検察の定年延長は2018年から準備していることですから、国民にそのように説明したほうがよい。
こんな感じだ。16日の放映だから、15日前に収録したものだろう。だから、多少予定がずれて、あせったために、突破の理屈を急遽考えて放映し、その勢いで委員会での強行採決にいこうと考えた推測できる。つまり、こうしたストーリーを新たに作り出し、それで国民を煙にまくとの方策を考えたのだろう。しかし、こんなストーリーを今更信じるのは、何がなんでも安倍首相を信じる人たち以外にはないだろう。多くのツイッターでの反対、また検事OBの反対、そして、選挙民が直接与党議員や秘書に反対表明が続いたために、結局諦めざるをえなかったということだろう。
この放映にもかかわらず、というよりは、こんなお粗末な放映をするから、逆効果だった面もあるのではないか。
検察の意思があり、それを法務省が官邸に要請して、官邸はただそれを承認しただけ、などということが、まったく通用しないことは、多少経過を知っている者、あるいは法律の知識がある者にとっては、明瞭なことである。本当に法務省からの要請であるとしたら、法務大臣の答弁が二転三転するはずがない。また、きちんとした記録が残っているはずである。さらに、一般法と特別法の関係で、検察庁法が優先である定年規定での延長がないことは、法律学的に明らかであるし、そもそも、定年延長に関して、国家公務員法の規定は適用されないという、きちんとした解釈を法務省がしているのだから、法務省からそんな要請がでるはずがないのである。黒川氏の定年延長が、官邸というより、安倍首相とその周辺の意向だけで出てきたことも、疑いないところだろう。
また、今回の定年延長についても、擁護する人たちは、以前からずっと準備してきたことだというのだが、問題になっている「特例規定」などは、突然出てきたのであって、そのことには、まったく口をつぐむのである。前にも書いたが、恣意的な人事が行われる危険がないと、安倍首相がいくら弁明しても、恣意的な人事を近々に行った張本人なのだから、まるで説得力がない。
さて、この間のこの一連の動きで、(コロナ対策についても同様だが)安倍首相のブレーンのレベルが、どんどん下がってきているということだ。以前は優れていたとも思えないが、最近の安倍首相を支えている人たちは、いったい何を考えているのだろうと、不思議な気持ちになる。アベノマスクやyoutube動画など、あまりにも馬鹿げているが、そのようなことが、簡単に実行されてしまうというのは、まるで「まっとうな人」がブレーンにいないということを示している。黒川氏の任期が半年延長されたが、その期限も間もなくやってくる。