アバドのドキュメント「沈黙を聴く」は、DVDボックスセットのなかに入っており、以前にもこのボックスの演奏をいくつか書いたが、改めてこれを視聴した。繰り返しになるが、クラウディオ・アバドは、私がもっとも好きな指揮者の一人だ。まだ30代のときから、ファンだったといえる。最初に買ったのが、ロッシーニの「セビリアの理髪師」で、これは、いまでもこの曲のベストだと思っている。映像バージョンもあって、ポネルの演出のオペラ映画で、ロッシーニにあってほしいと思われている「おふざけ」にも事欠かない楽しい映画だ。
アバドのドキュメントは多数あるが、「沈黙を聴く」は、アバドがベルリンフィル常任の途中で、癌にかかったために、契約の更新をしないと表明して、手術後復帰したあたりまでを描いている。契約を更新しないと表明したのは、ベルリンフィル史上初めてだ、ショックだったと楽団員が語っているが、途中でやめたという意味では、初めてではない。そもそも、アバド以前の3人の常任指揮者は、形式的には、任期のない終身制の指揮者だった。しかし、フルトヴェングラーは聴力が衰えたために、辞任しているし、カラヤンは喧嘩分かれして辞任した。もっとも、二人とも、辞任後数カ月で死去している。
カラヤンは、終身指揮者であることに拘ったたために、契約の更新をせずに続け、それが双方にとって束縛となったと思う。ベルリンフィル側は、何度も契約内容の更新を申し出たらしいが、カラヤンは断固拒否したらしい。しかし、1950年代の契約だから、1980年代ともなれば、あまりに出演料が低すぎてしまい、正規の常任指揮者としての活動をカラヤンは最小限に制限していく。演奏旅行やレコーディングに力をいれたのは、そのためでもある。だから、ベルリンでの定期演奏会では、あまり指揮をしなくなってしまっていた。何故カラヤンが、それほど契約内容の更新を拒否したのかわからない。
憶測であるが、カラヤンが常任指揮者になるときに、フルトヴェングラーと同様の契約内容にすることを条件として、オケ側もそれを了承したが、実は、フルトヴェングラーに与えられていた権限が、いくつかカラヤンにはなかったことが、後に判明する。新規楽団員の採用に関する権限や、各演奏会における団員の出演に関する権限などがなかった。カラヤンは、自分の重要な演奏会にトップ奏者がでないことがあって、それに対して非常に不満だったようだ。そして、契約改正に対する不信感もそれに伴っていたのだろう。晩年のカラヤンとベルリンフィルの対立の背景となっていた。
アバドがカラヤンの後任になったとき、おそらく、かれ自身が終身契約を望まなかったと思われる。はじめて、7年毎とに再契約するという形式になり、それは、更にあとのサイモン・ラトルのときにも踏襲された。アバドは二期勤めることになったが、3期目を更新しないと、楽団員にはかなり唐突に公表したようだ。それが団員たちにショックを与えたのである。カラヤンですら、晩年はかなり団員たちのなかで嫌うひとがいたくらいだから、アバドが全員に評価されていたかは疑わしい。批判もかなりあった。しかし、世界トップのオケと自負しているひとたちが、自分たちとの契約を更新しないといわれれば、ショックだろう。
そして、更新しない理由として、アバドは自ら、自分が癌であることを団員に伝え、もし、病気から回復したら、まったく新しいことを始めたいのだと語ったという。それが、ルツェルン音楽祭管弦楽団の創設だった。もちろん、多少残っていたベルリンとの任期は全うしたわけだし、ベルリンフィルの定期演奏会は、継続して出演している。また、かなり活発に録音、録画しているが、このときから、アバドが大きな変貌をとげ、また、ベルリンフィルの楽団員のアバドに対する態度や評価にも大きな変化が生じた。癌の手術から復帰したアバドが、音楽の力で生きていることを実感したのだろう。それまでの迷いのようなものが払拭されたのではないだろうか。手術後復帰したアバドが、ベルリンフィルの団員に、「私にとっての最良の薬は、あなたたちとの共演だ」と語ったのだそうだが、とても印象的な言葉だ。
ドキュメントは、ルツェルンの活動が軌道にのるあたりまでなので、その後10年続くルツェルンとの多くの演奏活動は触れられていないが、若いころからの指揮の特質に焦点を当てているのが興味深い。
アバドは、とにかく口数が少ないことで有名だった。リハーサルでも、言葉で説明することはあまりないらしい。練習場面の映像がいくつかでてくるが、やはり、他の指揮者の同様の映像と比較しても、止める回数は少ない。そして、他の指揮者だと、逸話的なことを話したり、ここはこういう場面を想像して、などという雰囲気を示すことも多いのだが、(クライバーなどがその典型)アバドではそうした場面は見たことがない。止めると、トロンボーンが遅かった、とか、そこのスタッカートをもっとはっきりとか、完全に技術的なことを簡単に注意する程度だ。別のモーツァルト管弦楽団(アバドが創設した若手のオケ)のドキュメントでは、新参の団員が、アバドとのリハーサルが終わったとき、「アバドのどこがすごいの?」と団員に聞く場面が出てくる。聞かれた団員は、「本番になるとわかるよ」と答えている。つまり、練習では、小さな技術的なことを指摘するだけで、さっと流すことが多いらしいが、その代わり、指揮そのものはかなり緻密に見える。まず、両腕と手、そして目が非常に細かく音楽の表情を示している。多くの楽団員もそう指摘しているが、それは見ていて充分にわかる。両腕は、まったく別々に運動し、腕の動きを見ていれば、アバドがやろうとしている音楽の表情が、伝わってくる。それを手や指の動きが補充している。
更に、アバドの指揮の特徴と思われるものは、実に丹念に、その時々の主要な役割をする楽器群に対して、指示を与えていることである。入りの合図を丹念にする指揮者はもちろん多いが、そういうのではない。あくまでも、入りそのものは当人にまかされており、はいったときの音楽の表情を指示している。その裏返しに、アバドと演奏する人は、「アバドはいつも自分を見ている」と感じるそうだ。もちろん、100人もいるのだから、みんなをいつも見ているわけではない。また、楽団員もいつも指揮者を見ているわけでもない。奏者が指揮を見るのは、自分が重要なパッセージに入るときだ。そして、そのときには、必ず、その奏者にアバドは指示をする。だから、誰もが、自分が指揮者アバドを見るときには、アバドも自分を見ていると感じるのだろう。だからか、アバドの指揮を、見ているとかなり忙しいのだ。
身体をよく動かすのは、クライバーも同様だが、クライバーは音楽全体の表情を体で示している。だから、全身が統一的な動きをしている。しかし、アバドは、両腕、手、目が独立して動いている。それぞれが個々の楽器群に対して、別々の指示をだしているからだ。クライバーの指揮ぶりは華麗に見えるが、アバドの指揮は、視覚的な統一感は感じない。クライバーは、鏡の前でずいぶんと「振り付け」の練習や確認していたようだが、やはり、華麗な魅せる指揮を意識していたのだろう。しかし、アバドは純粋に音楽を楽団員と共有するためだけに、動作を集中させていると感じる。
そういうアバドの指揮ぶりを感じるには、できるだけ複雑な音楽を視聴するのがよい。次回、私のオーケストラも取り上げるのだが、ストラビンスキーの「火の鳥」の日本公演や、ルツェルンでのドビッシー「海」が、アバドの指揮の身体運動の特質が分かりやすい。
火の鳥
https://www.youtube.com/watch?v=kE9kaCkhhgg&t=993s
海
https://www.youtube.com/watch?v=SgSNgzA37To