最終講義5 自伝と卒論


卒業研究
 卒業論文、今は、卒業研究ということになっていて、論文以外でもいいのですが、ほとんどの人は卒業論文を書いています。卒業研究になったことは、とても積極的な意味があると思っていて、論文でなくてもいい、それから、共同研究を認めるという形になっているのですね。私も共同研究をおおいに勧めていましたが、なかなかやらないですね。演習で共同研究をしているので、卒業研究では、個人でやりたいということかも知れません。パフォーマンスでも一応いいことになってはいるのですが、実践した学生はまだいないとおもいます。
 基本的に卒業論文にむかうときの、私の基本姿勢は、この学生たちは、研究者になるわけではない。研究者になるわけではないから、論文としてりっぱであることは求めない。いまは、大学院にいっても、修士論文くらいまでは、学術論文として認められることは、滅多にないわけです。修士課程でも修行時代みたいなもので、博士課程にいって書く論文が、ちゃんとした論文であるということだと思うのです。まして、学生であれば、そういうものは求めない。しかし、論文を書くときには、いろいろな作業が必要になる。本を読むとか、インタビューをする、アンケートとったり、データ処理したり、いろいろなことがある。そういう個別の作業をしっかり考えて、この作業は将来役に立つということを自覚しつつ、そこは意図的にきちんと取り組むということにしてほしい。ほとんどの学生は、ワードで書くわけですが、ワードの機能を使いこなして書いている学生はほとんどいないですね。毎年、最初にアウトライン機能を使いなさいというのですが、アウトラインってなんですか?って、みんないいます。長い文章を書くときには、アウトライン機能はとても大事なわけですが、そういう重要な編集機能をちゃんと使いつつ、論文を書く。論文を書くだけではなく、ワープロの機能も上達する。そういうことが大事だということでやってきました。
 もうひとつ、私の卒論指導で、たぶん、他の先生がやられていないのではないかと思うのは、過去の論文のほとんどを、ゼミの学生が読めるようにしてあることです。PDFファイルにして、ある秘密のホームページにアップロードしてあります。みんなが、ワープロで書くようになって以来のものは、ほとんどすべてアップしてあります。ただし、個人情報にかかわっているので、グーグルで検索はできないように、リンクは何重にも遮断しています。ゼミの学生にアドレスを教えてあり、アドレスを打ち込めば、過去の卒論が読めるようになっている。先輩たちが、どういう論文を書いたのか、知ってもらうということをしていました。そして、自分が書いたものは、後輩たちに読まれるということでもあります。後輩たちに恥ずかしくない論文を書いてほしいということでもありました。

 次に、私の行った多少特殊な教育活動をふり返っておきたいとおもいます。

自伝
 人間科学部は、臨床心理学科が設置されたときに、通年制からセメスター制に移行しました。*1 その移行によって、できなくなった課題がありました。セメスター制とは、みなさん御存知だと思いますが、授業が半期で完結するというものです。半期2単位で構成されるのがセメスター制です。それ以前は、原則授業は、通年制4単位でした。これは大きな違いがあります。学生にとっては迷惑だったかも知れませんが、私にとっては、通年制のほうが授業がしやすかったのです。それは、すごく大きな課題を宿題としてだすことができるからです。夏休みがありますので、これは夏休みにやっておきなさい、ということで、非常に大きな作業が必要な宿題をだせる。「生涯教育概論」という、学部学生全員の必修科目をもっていました。生涯教育を考える授業ですから、それまでの自分が育ってきたことを振り返るということで、自伝を書くという課題をだしました。基本的には一年書けて書くということです。18歳で大学に入ってくるわけですが、18年間の人生があるわけで、その18年間の自伝を書きなさいという宿題をだしたわけです。レポート用紙20枚、それ以上いくら書いてもいい。もちろん、そんな長い文章を書いたことは、ほとんどの学生はありません。第一回の授業に、「こういう課題をだします」というと、「えー、そんなに書くの?」という、拒絶反応を示すのがほとんどでした。夏休みがありますから、一人暮らしのひとも帰省します。そして、実際に自分の子どものころのことを、お母さん、おとうさんにきいて、書きはじめると、すごく面白くなるそうなんですね。それでどんどん書き進んで、多い人は40枚くらい書くんです。もってきたんですが、こういうものです。

 書くようにいうときには、私以外には誰にも見せない、という約束をして、実際に今まで誰にも見せていません。まだ私の研究室に箱詰めになって残っています。これをどうしようかなと、常々悩んでいます。もう25年も経過していますので、個人情報に関わらないように、研究的に利用できないかと考えています。非常に貴重な記録ですから。
 あえて、こうした自伝を書かせたことは、教育効果的にはとてもよかったなあと思います。親子のコミュニケーションに役にたつはずである。自分の人生を振り返るわけですから、いろいろなことを考える、そして、いまの自分があるということを自覚できる。こういうものが1000人分あります。これはセメスター制ではなく、通年制、しかも必修科目だからできた。いま春学期だけで完結する授業で、8月10日までに書いてだしなさい、というと、書けるでしょうかね。むずかしいでしょうね。それが選択科目だったら、履修する学生があまりいなくなるのではないかともおもいます。
 それから教育原理の授業、これは、教職をとるひとの必修科目で通年だったのですが、ふたつの試みをしていました。
 まず、新聞を読みなさい、世の中なにが起こっているのか知らなければいけないので、新聞を読みなさい。そして、切り抜きをするという課題をだしました。よく収集していたものは、製本して閲覧したりしたものです。しかし、それは長く続かなかったですね。新聞をとっていない学生が多数いたのが原因でした。
 もうひとつ、インターネットがない時代に、みんなが書いたレポートをどうやって読めるようにするか、ということですが、教育原理の授業で、何度も書いて提出したレポートで、年間を通じて優秀な文章を書いた数名を選んで、「優秀レポート集」というものを製本して、新年度になってしまいますが、見せていました。何人かはみたいといってきましたね。

*1 (当日話さなかったが、補充しておきたいこと)何故通年制をやめて、セメスター制にしたかは、教員たちに示された理由は、主には留学生対策であるとされた。国際的には、9月新年度が多く、日本から海外に留学すると、通年制の場合、半期しか授業を受けないので、単位認定が難しくなり、学生に不利である。授業を半期終了にすれば、その問題が解決するという。国際社会に合わせるのであれば、本当に秋学期開始にすればいいわけだが、これは、個別大学としてできることではないので仕方ない。
 しかし、もう一つの問題があった。セメスター制移行に際して、すべての科目が2単位になったことによる、内容の改編が迫られたことである。セメスター制移行が2単位ものへの変更なしに不可能というわけではない。週2回授業をすることで、4単位を維持することが可能である。そもそも、それが通常であるように、時間割を組んでいる大学もある。それならば、内容変更を強制されることはなく、講義内容としては、スムーズにセメスター制移行が可能だったろうが、私立大学は極めて多く非常勤講師に依存しているので、週2回のスケジュールを組むことが難しいという事情はある。日本の大学教育のある意味貧弱さの表れであろう。いずれにせよ、内容変更論議がほとんどなされなかったことは事実であり、それは残念なことだった。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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