最終講義4 演習でめざしたこと

 次は演習です。
人間科学の基礎
 まず「人間科学の基礎」です。人間科学部創設以来、ずっと1年生の必修科目として置かれていました。ただ、私は人間科学科にいたころには、たまにやっていたのですが、実は、どうやっていたか、よく憶えていないのです。臨床心理学科になって、当初は、私は担当していませんでした。というのは、私は一年生科目をたくさん担当していたのです。一年生とあまり接していない先生がやったほうがいいということで、私は、当初やっていなかったのですが、そのうちに、学科長が変わりまして、ローテーションにしようということなりました。それで2,3年に一度まわってくることになりました。臨床心理学科にいるけれども、まったく専門外である私が、臨床心理学科の学生の、最初のトレーニングをする演習科目で、どうしようかと相当考えました。臨床の専門の先生であれば、いろいろな技法を御存知なわけですから、いかにも、臨床心理的なことを、いろいろやれると思うのですが、私の場合には、まったくそういうものはないので、どうしようかということです。何ができるか、それは本を読むことだけだ、という考え、「人間科学の基礎」では、ただひたすら本を読みました。
 ただ、本を読むといっても、他の先生とは大分違うやり方をしたと思います。まず専門の原典を読む。フロイト、ロジャース、スキナー、ベイトソン、この4人は必ずいれます。もちろん翻訳ですが、この人たちが書いた生の論文を読む。難しいですね。難しいけど、やはり、何度もよむ価値がある。私の基本的な姿勢として、授業でみんなで読むときには、難しい文章を読むということに決めています。易しい文章は、自分で読めばいいので、わざわざ教授が一緒に読むことはない。みんなで読まなければわからないような文章を読む。そういうことでやってきました。ただし、難しい文章を読むといっても、個人ではなかなか困難がありますから、グループをつくって、この班は、フロイトとか、決める。そういう班を5つくらいつくっておきます。来週はロジャースをやるということになっていると、ロジャース班の人たちと事前に一度、読み合わせ会をする。もちろん、担当班ですから、それなりに事前に読んできます。「人間科学の基礎」をもっている先生は、週1の授業だと思うのですが、私の場合は、かならず週2でやっていました。負担が増えるのですが、事前の準備で、5人集まってもらって、どういうことが書いてあるのか、確認して、分担して、報告してもらう。報告の分担とレジュメの分担、作業の確認をする。あとの作業は任せる。当日は、まずグループの人が分担にしたがって、みんなに、レジュメを参考にしつつ、説明をしてもらう。そのあと、グループ討論にする。理解を深めるためですね。そして、担当グループの学生は、それぞれ他のグループに司会兼説明者としてはいって、進行係になってもらう。わからないとこは、説明する。教育の歴史には、モニトリアルシステムというのがあるんですが、わかっている年長の人が、年下の子どもに教える。それに似たやり方です。ただ、難しい文章ですから、そう簡単にはわからなかったと思います。1割くらいかも知れない。でも、2年になって専門の授業のなかで、文献を紹介されると、あああれ読んだな、と思い出しつつ、今度は自分でもう一度読める。2年3年で4割くらい分かるようになる。卒論でまた読み直して、6割、7割分かるようになる。そうやって、分かるようになっていくものだと思うのですね。ですから、一年生のときに、難しいものにぶつかってもらう意味がある。
 これは、もうひとつ目的がありまして、最近は分かりませんが、以前は、高校から大学にはいってきても、やっていることはあまり違わないじゃないか、大学は高校と違うことができると期待していたら、同じようなことをやっているので、がっかりしたという声はたくさんあったのです。そういうことではなく、やはり、大学は高校と違うよね、全然違うということを実感してもらう、そういうことを重視していまして、フロイトやロジャースの原典をきっちり読むことは、高校ではやりませんから、ああ、さすが大学だな、そういう風に少しでも思ってくれたらいいかなと考えていました。
 それから、より小さな人数で一年生と事前の打ち合わせをするので、彼らをより深く知ることができるという効果もありました。これが「人間科学の基礎」にかかわることです。

人間科学演習
 次に3年生の演習です。
 人間科学部は、人間科学科単一学科の時代から、ずっと3年生の演習と、4年の卒業論文(研究)が必修科目として置かれていました。3年の演習は、人間科学科のときには、専修名を付した「特殊研究」で、専修必修。臨床心理学科ができて、2学科になると、学科名を付した演習、そして、心理学科が増設された3学科になって、統一名称による「人間科学演習」となりました。2学科体制までは、3年の演習というのは、僕はあまりもっていませんでした。人間科学科の時代は、教育学専修に所属していました。教育学専修は、いま人間教育コースは、非常に人数が多いですが、当時は非常に少なかったのです。入試で特別枠を設定しても、20人くらいしかいない。5人の教員みんなが、3年の演習をもつと、人数が極端に少なくなってしまう。それで、3年の演習をもつ先生ともたない先生に分けていたのです。みんなもちたいわけですね。3年演習、4年卒論ともちあがりで、2年間継続で指導できますから。私が一番の若造でしたので、どうしても、もたせてもらえないというか、自発的に遠慮せざるをえないという雰囲気がありました。それで、3年の演習は、ほとんどしませんでした。2回くらいやったとは思います。そのときには、調査なんかして、とても楽しかったのですが、3年の演習をコンスタントにやるようになったのは、心理学科が設置されたときからでした。それ以後は、3年4年継続の演習を担当するようになりました。人間科学演習という名前に変わって、それで学部全体から教員を選べるということになったわけです。その2年目ですが、2011年3月11日に、東日本大震災が起きました。私、ここ12号館にいたのですが、これは大変だな、大学教育として、これにどう関わるのか、ということを考えました。これはやはり、演習でやろうと考えたのです。あの年は、憶えていらっしゃる先生も多いかと思うのですが、授業の開始が半月くらい遅かったのですね。それを私は、普段よりも半月くらい早めまして、4月になったらすぐにゼミ生を集めまして、こういうことが起こったので、演習でやりたい。実際に調査にいったり、発表したい、と学生に提案したら、学生もやりましょうといってくれました。そして、そのときから、演習のやり方が変わりました。テーマを設定して、共同研究して、成果を学園祭に発表するスタイルを続けたわけです。震災のときの発表の一部です。なかなかよかったと言われました。
 こうしたやり方を最後の学年以外はずっと継続しました。共通テーマによる共同研究、それから、現場にいって調査をする、それから成果をかならず公表する。展示と論文です。

 それからもうひとつ、B3の学年から、evernote を使って演習をするようになりました。evernote は、基本的に安い値段で、データをたくさんためておけるネット上のデータ置き場ですが、有料だと何人アクセスしてもいい。普通、演習の報告は、コピーとって配ると思うのですが、そうではなく evernote に載せる。載せたをものをみんなで読みあう。データがあればそこに載せておく。ペーパーレスを実現しようということと、いろいろなデータを載せられるようにしよう。これは効果的だったと思います。どんなファイルでも置いておくことができます。担当者がコピーして報告する形だと、準備室が混んでいたので、15分遅れてしまいましたというようなことが、よく起きるのですが、この方式にしてからは、報告者の遅刻は一切なかったですね。印刷の手間がいりませんので、ファイルができれば、直ぐに配布できる。それから、2番目に報告する人は、授業に参加しながら報告を作成している、などということもありました。できたら直ぐにアップすれば、間に合う。時間の効率性という点でよかったのです。いまはインターネット時代ですので、授業でインターネットをどう活用できるか、すべて活用する必要はないわけですが、活用できるものは、多いに利用すればいいのではないかと思います。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です