イギリスのEU脱退

 世の中では、コロナウィルスの話題一色だが、私にとっては、明日のイギリスEU脱退のほうが、より関心がある。メイ元首相が実現しようとして、議会に阻まれてきたブレクジットを、ついに議会承認に漕ぎ着けたということで、その手腕を評価されているようだが、実は、メイがしてはならないことと禁じ手にしていたことを、ジョンソンはあえてやったことによって、議会承認をとりつけたのだ。それが今後のイギリスによい結果をもたらすかは不明だ。つまり、事実上、北アイルランドはEUに残留するのと同じような措置にしたことは、連合王国を分裂させる危険性が高いわけだ。だから、メイ元首相はその道を選ばなかった。
 そもそも、連合王国としてのまとまりをとりながら、ブレクジットを実現することは、論理的にほとんど不可能だった。だから、メイはあれほど苦しんだ。UKとしてのまとまりをもちながら、完全にEU離脱するためには、事実上なくなっていたアイルランドと北アイルランドに、国境を復活させなければならない。その国境を復活させないとしたら、不完全な離脱にならざるをえない。あるいは北アイルランドを事実上分離せざるをえない。ジョンソンは、国境を復活させずに、北アイルランドは、「事実上」EUに残留することを認めた案を提示した。しかし、いくら北アイルランドは連合王国の一部とであるとしても、本体はEUを離脱し、北アイルランドは、EU加盟国であるアイルランドと国境がないままであり、かつ民族的には同じだということになれば、宗教的な対立はあるにせよ、EU加盟国として、これまで一緒だったわけだから、大きなアイルランド共和国として統合されることは、ほぼ時間の問題だと考えでもいいだろう。違う島なのだから、アイルランドが分割されて、一部がイギリスに属しているという、これまでの形のほうが、少なくとも、我々外の人間には不自然に見えていた。
 北アイルランドの特殊な形が容認された以上、元々独立志向が強く、かつ、EU残留派だったスコットランドの独立運動が激しくなることも、また充分に予想されるところだ。前回の住民投票では、中央政府の強力な働きかけで、連合王国残留派が、住民投票で多数だったが、UKとしてのEU脱退、北アイルランドの事実上のEU残留という事態を前にすれば、独立、EU加盟を支持する人が多数になることは、充分に予想される。
 ブレクジットは、連合王国解体の始まりと考える人は、既に少なくないが、私もそうなると予想する。EUから脱退して、旧大英帝国の栄光を復活させようという意図があるともいわれるが、それは難しいのではないだろうか。
 では、去られるEU側を考えてみよう。
 EUからの初めての脱退ということで、もちろん打撃だろうが、私自身は、それほど大きな打撃ではないのではないかと考える。というのは、イギリスは、ECがEUに再統合されたときには、当初からのメンバーだが、その前進であるEECからECの流れのなかでは、後発の加盟国だった。そして、ユーロを採用しないことでわかるように、EUに加盟はしているが、独自路線は放棄しないという立場だったし、それはイギリスの近代における基本的な対ヨーロッパ大陸への姿勢だった。むしろ、EUの方向性に大きな影響をもつのは、12カ国で出発したときから拡大し、今では28にもなり、加盟申請している国が更に多数あることだ。当初の12カ国はヨーロッパの中心的国家群であり、豊かな先進国だったが、ソ連崩壊とともに、東欧圏にまで広げ、かつ大きな紛争地域だったバルカン諸国が拡大の対象になっている。イギリス人たちが、EU脱退に共感したのは、旧東欧圏からの移民に対する反感だったという話があり、それが妥当な感情であるかは別として、そうした感情が生まれることは、やはり、拡大路線がもたらしたものだ。経済的に遅れた国々が入ってくれば、経済的に豊かな国の負担が大きくなり、また、それぞれの地域における格差が拡大する。EU内にポピュリズムが拡大したのも、そうした動向と密接な関係があるだろう。EUはそれまでのまとまりをもち、旧東欧圏がひとつの経済圏としてまとまり、経済圏同士の交流をもつという関係もありえたと思うが、そうではなく、EUに取り込んでいく路線をとったのは、おそらくNATOとの関連性などもあったのだろうか。
 EUが、ヨーロッパで戦争を起こさないという目的で、障害を乗り越えて発展してきた功績は、極めて大きいものがある。そして、そのことはしっかり認識されていると思う。EU脱退を主張するポピュリズム政党が、絶対多数をとって、離脱が増加するという事態になるとは思えない。しかし、拡大を続ければ、EUが変質していくことは間違いないだろう。その行く末は、わからないが、しっかり見ていきたいと思う。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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