GIGAスクール構想の疑問 1人1台のPC 効果があるとは思えない

 「GIGAスクール構想」ということで、今後小中学生1人1台のパソコンをもたせる政策が歩みだしている。現国会の目玉の政策なのだそうだ。かかる費用が4000億円という気が遠くなのような金額だ。教育委員会が購入するのだから、学校備品ということになるのだろう。どの程度使われるか、どのように使うのか、よくわからないが、これまでの日本の学校教育のあり方からみて、大いなる無駄になる気がする。もちろん、私自身は、PCの教育を進めることには大賛成であるし、ずっと前から推進する必要があったと考えている。日本はIT教育が遅れていると言われているから、こうした構想が出てきたのだそうだ。しかし、これまでだってパソコンの授業はかなり前からあった。だが、そのやり方が酷い。その酷いやり方を生みだした要因を変えなければ、結局同じことになるだけだ。
 官邸の教育再生実行会議が提唱したことだそうだが、おそらく、売れないパソコン業界の販売経路として、学校を考えたという側面が強いのではないだろうか。大学共通テストの民間検定試験の採用も、教育再生実行会議の提案だった。これが利権絡みであったことは、今や明らかだ。教育再生実行会議のメンバーに財界メンバーが多数入っていることを考えれば、景気回復の手段として構想されたと考えても不自然ではない。
 では、これまでのパソコンの教育で、何が問題だったのか。
 私が1992年にオランダに行ったとき、いくつかの学校を見て回ったが、どこでも、パソコンがオープンスペースにおいてあって、自由に生徒たちが使うことができた。休み時間などに、パソコンをいじっている子どもたちが、何人もいた。次に2002年に再びオランダにいったときには、ほとんどすべての学校で、教室に2,3台のパソコンがおいてあった。これも休み時間などには自由に使えるし、また、授業中でも必要に応じて子どもが使っていた。少なくとも、私が見た小学校などでは、パソコン教室なるものがあって、そこにクラス分のパソコンがあり、鍵がかかっていて、授業中だけ使える、そんなシステムを実行している学校は見たことがない。もっと規模の大きな中学校では、パソコン教室はあるだろうが、それでも、自由に使えるパソコンがあちこちにおいてあるはずである。これが20年以上前の状況である。
 それに対して、日本の学校はどうだろうか。今や、ほとんどの学校にパソコン教室があるだろう。しかし、普段は鍵がかかっており、週に1回くらいあるパソコンの授業でみんなが一斉に使い方を学ぶ、そんな使用法ばかりである。私は学生に、かなり頻繁に、在籍した学校で、自由にパソコンが使える状態であちこちにおいてあったか確認していた。私が聞いた限りでは、一人もいなかった。さすがに、大学では、かなりの大学に、開放されているパソコンの部屋があり、学生が自由に使えるようになっているだろう。だから、特別な学生を除いて、パソコンを使いこなせるようになるのは、大学生になってからである。
 こういう使い方をさせているから、日本では、かなり前から、学校にパソコンがかなりの数設置されているが、IT教育などがほとんど進まなかったのだ。
 それでは、各人にそれぞれ1台ずつもたせて使わせれば、パソコンにみんなが習熟するのだろうか。もちろん、今までよりは格段に進むだろう。しかし、ごく少数の子どもを除いて、その効果は微々たるものになるとしか思えない。もたせたとしても、本当に授業で頻繁に使うようになるとは思えないからである。頻繁に使うためには、授業を行う教師がみんな、パソコンを授業で活用することに習熟していなければならない。そのためのソフトが整備され、教材つくりの時間と資源がなければならない。それがすべて満足される事態になるとは、到底思えないのである。
 しかし、それなりに機能するほどに、条件が整ったとしよう。学校全体が多くの授業でパソコンを使っているのだから、アクセス過多になって、通信の滞りが生じる可能性がたかい。
 また、イメージとして、パソコンで記録したりするようなことだろうか。すると、子どもはノートに書くという作業をしなくなるのか。私のようなパソコン重視の教師であっても、きちんとノートをとれるような力を育成することは重要だと思っている。そもそも、教育のスタイルというのは、それほど根本的に変化するものではない。もっと基本的な力が伸びないという弊害も生じると思われる。
 だから、学校でのパソコンは、使いたいときに使える、必要があるときに、使えるようになっていればよい。教師が指導して、子どもにパソコンを使わせるというのは、だいたいにおいてうまくいかないのだ。なぜなら、こうした新しいメディア機器は、子どものほうが大人よりも、ずっと早く使い方を憶えるし、事実詳しいからである。通常の、つまり情報の専門家ではない教師が指導すれば、その狭い視野の範囲で教えることになる。それは子どもの可能性を摘み取るようなものだ。好きな子どもは、教師が教えなくても、どんどんできるようになっていくものだ。
 だから、今日本の学校で必要なことは、1人1台ではなく、1教室に数台おいて、自由に使わせることだ。それで、かなり劇的に子どものIT能力は向上するはずである。予算に余裕ができたら、その数を増やしていけばいいだけだ。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です