満員電車にベビーカー 思いやりだけでは済まない

 ものまねタレントの「みかん」のブログ発で、満員電車にベビーカーで乗ることの問題が話題になっている。私は、ものまねなどにはまったく興味がないので、みかんというタレントは知らなかったが、とりあえず彼女のブログや、紹介ブログ、そして、5チャンネルでのやりとりなどを見てみた。こうした話題は度々議論されるところだし、日本のラッシュアワーは、とにかく解決不可欠の問題なので、取り上げてみた。
 まず、最初のみかんブログを読むと、他でも多数紹介されているが、普段は車での移動だが、その日は仕方なく電車で移動せざるをえなかったということだ。ベビーカーとキャリーバッグをひいて、朝の通勤客で混み合う電車に乗ったが、ある駅で下りた男性が、「邪魔なんだようっ!」と捨てぜりふをはかれて泣きそうになった。電車移動はしたくないと思ったというような内容だ。「乗っちゃいけないの?!」という題がつけられている。
 大きく話題になったのは、その後、志らくがMCをしている「グッとラック!」で取り上げ、論争になったからのようだ。その番組自体を見ておらず、紹介記事で知っただけだが、だいたいの筋はわかった。志らくは、「男性こそ邪魔だ」というような発言をしたようだ。
 さて、最初のみかんのブログを読んでの感想だが、芸能人が、何か話題つくりをしていることが、当初から意図されていたような気がしてならない。おそらく、写真からみて、ツクバエクスプレスで「つくば」行きに乗って、「つくば」まで行ったようだ。満員状態だったというが、正確には誰が撮ったからわからないドアが開いている写真が掲載されているのだが、満員ではあるが、いわゆる朝のラッシュアワーのようなこみ具合ではない。また、つくば駅のホームであかちゃんをかかえ、キャリーバッグをおいて泣きべそをかいているみかんの写真も掲載されているが、ポーズをとっているようにしか見えない。朝の電車といっても、下り電車だから、それほどギューギューになるとは思えないし、また、ネットの電車混雑情報サイトによっても、ツクバエクスプレスの下りは、超満員にはならないようなことが書いてある。ただし、混むことは事実だろうから、男性が不快になるような事態はあったに違いない。それを口に出すのは、私もいかがなものかとは思う。
 みかんブログを読む限り、当人は、朝の殺人的ラッシュアワーについては、ほとんど知らないのだと思わざるをえない。普段は車で移動しているというのだし、また、電車に乗ることがあったとしても、朝の通勤時間に、混雑する電車に乗ることなどはないのだろう。もし、一度でも経験したことがあるとすれば、絶対に赤ん坊を連れて乗ることはさけるだろう。
 私自身は、ある一年間を除いて、ラッシュアワーにあうような通学、通勤形態を経験することなくきたが、一年間は、日本で最も酷いラッシュアワーにあいながら予備校に通った。最も混雑する時間帯の中央線に、新宿駅から乗っていたのだ。当時は、すでに「押し屋」ではなく、「はがし屋」がホームに配置されていた時代だ。乗ろうとする客自身が「押し屋」を演じるから、どんどん乗ろうとする客があとをたたないわけだが、それでは危険だし、発車できないから、乗ろうとする客を引っ張って乗せないための「はがし屋」が活躍していたわけだ。乗れば、確実にまったく身動きができなくなる。あの経験から、ラッシュにはあいたくないと強く思うようになり、大学の近くに引っ越したし、上り線には乗らずにすむ就職をした。(もっとも結果的にそうなっただけだが)だから、以来ラッシュは経験せずに済んでいるが、もし、あのような電車に赤ん坊を抱いて乗ったら、かなりの確率で、赤ん坊は死んでしまうのではないだろうか。みかんも、そこまでは混まないことを確認した上での実行だったろう。
 しかし、このみかんのブログにしても、志らくの発言にしても、実際のラッシュアワーのありさまを知らずに、きれいごとをいっているように感じるのである。
 満員といっても、朝の殺人的ラッシュほどでなければ、相互の思いやりも大切だし、また、可能だろうが、殺人的ラッシュでそれを求めるのは現実無視というべきだ。だから、少なくとも、テレビのような公共放送では、「思いやり」などというレベルではなく、このような殺人ラッシュをどうしたら解消できるのか、できないうちには、どのようにして、個人が回避する方法があるのかというところにテーマを合わせていく必要がある。単なる感情論では、テレビ番組で取り上げる価値がない。
 政治や経済界がリードすれば、私はかなり解消できなるのではないかと考えている。おそらく、政治家や経済界のリーダーは、朝のラッシュなど知らないのだろう。だから、切実感がないに違いない。それでは困るのだ。せっかくブログを書くなら、みかんも、「乗っちゃいけないの?」といって、泣くのではなく、「赤ちゃんの危険を感じた、どうしたらいいのだろう」という提起をすべきだった。志らくもMCなら、もっと的確な返し方があったろう。
 さて、では具体的にどのような解決法があるのだろう。もちろん、東京一極集中をやめて、東京が都市の要素別に分散し、人口や経済圏が分散することが理想的であるが、それは直ぐには実現できないし、個人的に考えても意味がないので、個別の職場が可能なことを考えてみよう。基本は、それぞれの職場でフレックスタイムを大胆に実施することだろう。私は大学に勤めているので、大学で考えてみる。  
 教員は、授業をするときとか、会議のあるとき、理系なら実験をするためにくるわけだから、人によって時間が異なる。元々フレックスタイムになっている。最も多い人数が学生だが、学生も、みなが一時間目から授業をとっているわけでもないだろうから、けっこうばらけているはずである。フレックスタイムがあまり実施されていないのが、事務系だ。他大学はどうかわからないが、私の勤める大学では、ほぼ9時-5時という感じになっているようだ。しかし、実はこれはあまり効果的ではない。授業が9時に開始されるとして、事務の仕事も9時開始だと、いろいろと不便なのである。教員が授業の準備のために、早めに来る場合が多いが、そのときに教務課の職員がいないとこまることがある。もちろん、教務の職員もそれはわかっているから、何人かがはやく来て、ちゃんとしてほしいことをしてくれる。だが、彼らは、フレックスタイムではやくきているわけではないので、その時間帯は無償労働になっている。もちろん、はやく来て仕事を開始しているからといって、はやく帰ることができるわけではない。必ず誰かが30分程度はやく来る必要があるが、人数は少数でいい。その少数は正規にはやく来るルールにしておけば、教員のほうも安心であるし、その職員もはやく帰れるシフトになる。
 実際に9時を過ぎて授業が始まってしまうと、その間は、教員対応や学生対応の必要性は少なくなる。もちろん、しなければならない業務はあるわけだが、それは時間が多少ずれてもいい。終わりを考えると、9時-5時に揃えると、実は授業が6時まであるので、授業が終わって、事務にくると、閉まっているという、学生にとっては、極めて大きな不便がある。こうしたことを考えると、かなり大胆なフレックスタイムを実施する必要があるし、そうすることによって、通勤時間、退勤時間をずらすことができる。
 学生対応や日々の教員対応をしない部署も多数ある。そういう部署では、フレックスタイムを導入することは、ずっと容易である。
 つまり、大学という組織は、たくさんの人がいるわけだが、フレックスタイムを実施しやすいだけではなく、それが必要である。
 おそらく、通常の企業なども、仕事を吟味すれば、充分に可能だろう。朝のラッシュアワーなどは、とにかく心身への疲労の原因となるのだから、それをさけることで、仕事の能率もあがるはずである。コンピューターで仕事をする場合には、オフィスでなくても可能である。在宅にしてしまうと、かえって効率が下がるという研究もあるようだが、組み合わせにすれば、弊害はなくすこともできるだろう。要は、工夫ではないだろうか。
 せっかくラッシュアワーをテレビで扱うならば、以上のような形で、問題提起をしていくべきだろう。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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