福岡妻子殺人事件判決について

 2019年12月13日に、2017年6月に福岡県小郡市で起きた母子3人が殺害され、夫(父)である中田充被告が犯人とされた事件に、死刑の判決がくだされた。被告は即日控訴したということだが、極めて難しい事件で、本当に死刑が妥当なのかという疑問もわく。私は犯罪の専門家ではないが、裁判員制度が導入されたということは、市民の感覚を重視するということだろうから、考えを述べることにした。
 念のため、事件発生からの毎日新聞記事を検索してみた。判決全文がネットで読めるようになったら読んでみたいと思う。それぞれの論点に、双方がどのように詳細に言及しているか、新聞記事だけではわからないので、憶測部分が入るが、各論点について検討してみたい。
 警察が公開している犯行は、「充被告が妻を絞殺し、自殺を偽装するために、ライターオイルで火をつけた。髪の毛の一部が燃えた。その後子ども二人を絞殺して、家を出た。犯行を隠すために、妻に電話を数回した。学校から子どもの不登校を知らされ、妻に電話したが出ないので、妻の姉に確認を依頼し、姉が死体を発見、被告に連絡。被告は、「自殺している」と110番があったと虚偽の報告を警察にした」というものである。
 当初自殺の線で初動捜査が行われたが、3人とも絞殺だったので、殺人事件に切り換え、部屋を荒らされた形跡や争った形跡がないこと、防犯カメラ等で外部の侵入もなかったと考えられるので、充被告が犯人と考えられたわけである。
 確かに、報道されている事実を見ると、夫の充被告の犯行の可能性が極めて高いと考えられる。そうした可能性を示唆する事実は、以下のような点である。

犯行をしたのではないかと考えられる事実
・外部から侵入した可能性が低い。(記事によって、ないと断定しているのもある。)
・妻の爪に夫の皮膚片が残っていた。(絞殺されるときに、抵抗して、夫をひっ掻いたのではないかとされる。)
・妻の遺体のまわりにライターオイルがまかれ、火をつけた痕跡があり、その上に被告のと同じ足跡が残っていた。そのライターオイルは被告のものと同じだった。
・被告は自分が家を出たときに、3人はまだ寝ていたと証言しているが、解剖による所見では、家を出た時間より死亡は早かった。
・死亡推定時刻のあと、被告のスマホの歩行アプリが稼働していた。
・子どもが登校していないとの連絡を受けて、被告が妻に電話してもでないので、妻の姉に確認を依頼し、姉が3人の死を被告に伝えたが、被告は、それを「妻が自殺しているという通報が110番にあった」と虚偽報告をしている。

 以上である。しかし、充被告の犯行を証拠だてる物証は存在せず、あくまで、被告以外には犯行が可能ではなかったという状況証拠によるものである。従って、疑ってみれば、以下のような疑問が出てくる。

疑問を感じさせる点
・一貫して犯行を否認している。
・動機があいまい。(夫婦仲が悪かった、昇進試験に落ちた、ギャンブル依存症だった。子どもは人生の再出発に重荷と検察は推定している)
・第三者の侵入の可能性が、絶対的にないかどうか不明。
・死亡時刻に間違いはないのか。
・争ったあとがないということは、夫婦げんかのあとの発作的な犯行ではなく、しかも早朝なのだから、計画的な犯行になるか、それにしては、警察官の犯行にしては、やり方やその後の行動が杜撰すぎる。

 一番気になるのは、被告が、逮捕時から一貫して犯行を否認している点である。裁判でも、自分はやっていないと断言している。プロの犯罪集団のメンバーならいざ知らず、一般人なら、取り調べのなかで、当然情に訴える方法で説得されるだろうから、どこかで、犯行を匂わせることを言ってしまうことが多いのではないだろうか。警察官であることが、どう影響するかだが、取り調べなどについて熟知しているから、絶対に弱音をはいて自白してしまうと不利になり、強固に否認姿勢を崩さないという可能性と、正義感はもっているだろうから、正義感を揺さぶられると落ちてしまう、という可能性と、両方あるような気がする。前者ならば、かなり気骨のある人物だが、後者なら、やっていない可能性もある。一貫して否認していることは、やはり考慮せざるをえないように思う。
 動機についても、殺害するだろうかという疑問は残る。これは、当人の人物像にもかかわるが、勤務態度はよかったという記事が多いのだが、他方で、ギャンブルにはまっていたとも書かれている。ギャンブルにはまっている人物が、警察官としての勤務が良好であるということは、可能なのだろうかと、私などは疑問を感じてしまうのだが。昇進試験に落ちるというのも、ギャンブル依存なら当然と思うが、本当に勤務が良好だったのかも、疑ってみる必要はある。単なる警察としての弁護かも知れない。
 第三者の侵入の可能性が低いことが、充被告の犯行であるという断定につながっている。家の構造がわからないので、なんともいえないが、これは絶対といえるのか。そして、死亡推定時刻についても、疑う余地はあまりないのだろうが、ただ、可能性はほとんどないとしても、室温操作によって推定時刻を狂わせることはありうるし、あるいは充被告の犯行を決定づけるために、検死の際に、考慮されたということはないのだろうか。
 そして、ひっかかるのが、犯行の杜撰さである。警察官だから、警察の捜査がどのように行われるかは、熟知しているはずである。早朝、眠っている家族を殺害するのだから、かなり計画的であるわけで、それにしては、ばれないための配慮がなさ過ぎる。実際に、逮捕されるのは、犯行の3日後であって、かなり早い結末である。もちろん、あまりに杜撰だから、犯人ではないとはいえない。しかし、ギャンブル依存的な気の弱さ、警官であるのに杜撰な犯行、一貫して否認する意思の強固さ、等々がなんともバランスが悪いのだ。
 もうひとつ、アメリカだったらどういう判決になるのだろうか考えてみる。弁護士の優秀さによって、判決が左右されるのは、日本でもアメリカでも同じだろうが、「合理的な疑い」については、弁護士の力や姿勢が影響するが、アメリカの場合には、もっと強調すると思われる。報道によれば、充被告の弁護士も「合理的な疑い」を主張していたようだが、あまり説得力がなかったのだろうか。あるいは、日本人の感覚として、「合理的疑いがあれば、無罪」という意識がないのだろうか。
 控訴審もあるし、また、近いうちに判決全文がネットに掲載されるだろうから、更に考えてみたい。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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