前回は、死去に伴う「死の認定」で振り回された話だったが、今回は、死後の身辺整理の話だ。父は、老人ホームに入居して生活していたわけだが、ほとんどの人はここで死を迎える。ただ、ホスピスのような施設ではなく、普通に近い生活をしている人たちもいるし、父のように、あまりに高齢になっているために、歩行能力がほとんどなくなって、寝たきり状態になっている者もいる。そして、100歳以上の人も何人かいるような施設である。雰囲気はとてもよく、2,3回食堂につきあったが、90歳を超えた人たちが多いにもかかわらず、あったかい雰囲気があって、断片的ではあるがコミュニケーションもある。おそらく多くの入居者は、人生の残りはここで生活するのだという意識だろうと思う。父の場合もそうだった。だから、それぞれの部屋には、生活に必要なものがほぼ揃っている。自宅あるいは借家に一人暮しだったが、自分で食事を作ったり、掃除洗濯することが難しくなって、住んでいるところを引き払い、持ち込める最大限の荷物をもって入居した人も少なくないだろう。父の場合は、兄夫婦と同居していて、そこに家もあったから、すべてを持ち込んだわけではないが、帰ることはないという意識で、施設に入居したから、それなりの荷物がある。
今回のテーマは、こうした荷物をどう処理するかという問題だ。
まず、実際に生活する上で使用していたものが多いから、まだ使える状態にある。一昔前ならば、こうした使える品物は、リサイクル業者に持ち込めば、有料で引き取ってもらうことができた。しかし、今では、かなり新しく、だれがみても充分に使えるような状態のものでないと、無料でも引き取らない。電気製品は、何年より新しいものではないと、無条件で断られる。そうすると捨てなければならない。
しかし、捨てるにも、料金がかかる。利用するかどうかは別として、業者に電話で問い合わせたところ、非常に多額の見積もりを言われた。
詳細はわからないが、施設で働いている人たちによれば、遺族が遺品を整理するようなこともなく、とにかく、業者にすべて任せて、処理してもらう人たちも少なくないのだという。考えてみれば、私たち夫婦もそうだが、亡くなった親のものを整理するといっても、そういう遺族自身がかなりの高齢なのだ。私は、ある程度の力仕事が可能だが、やはり、重いものを運ぶ作業は二の足を踏まざるをえない。まして、身体的な問題を抱えている人たちが、そうした整理作業をするのは、大変だろう。だから、全部業者に任せてしまうというのも、気持ちとしてはわかる。その場合、「形見」などという意識が働かないわけだ。整理する者にとっても、自分の死がそれほど遠くにあるわけではないのだから、親の物を、今後どのように活用するかなどというよりは、自分が死んだら、今あるものをどう処理するのだろうという意識になってしまうというのも、無理からぬところなのだ。
私たち夫婦は、とにかく、父の物を、できる限り自分たちで処理しようということで、施設は遠いのだが、作業に出かけた。特に、妻の思い入れ、あるいは、自然な感情が強く、すべてを他人に任せることなどできないという気持ちで、けっこう大変な作業をしてきた。しかし、そこでけっこう壁にぶつかった。ひとつは、施設で働いている人たちも、基本的には、分業体制になっており、統括する人はいるが、必ずしも、こうした日常的ではないことについては、共通認識がないことがわかった。つまり、ごみの処理法などを質問しても、人によって回答が異なるのだ。私たちが住んでいる地域ではないので、ごみの処理法も異なる。私たちが住んでいるところは、クリーンセンターが新しいせいか、比較的ごみの分別が単純である。しかし、その施設の地域は、極めて細かいルールになっていて、ごみ処理の説明が、けっこう厚いパンフレットになっているくらいなのだ。私のところでは、ほぼ紙一枚で済む。だから、わざわざ市の指定のごみ袋を(つまり有料)購入し、市役所までいって件のパンフレットもらってきて、注意しながら、袋に分けていった。ところが、かなりの作業が進んだ段階で、たまたま施設のごみ処理担当者という人と出会い、(それまでは、そういう担当だったということを知らなかったし、また、そういう担当者がいることも教えられていなかった)施設として契約している業者がいて、その業者は、もう少し緩い基準での分別収集をしているので、そこまで細かくしなくてもいいのだ、と言われて、かなりまごついてしまった。しかし、それからは、担当者がいろいろと説明してくれたので、方向性が明確になり、なんとか、目処がついて、あと少しの作業が残っているという段階で、引き上げてきた。そして、このブログを書いているわけである。
まだ全部が済んだわけではないが、妻に引きずられる形だったが、やるべきことをやっているという意識になったことは、妻に感謝しよう