国際社会論ノート 慰安婦問題を考える2

4、日本政府は現在賠償を支払うべきか
 この問題についても、極めて強固な対立する立場がある。
 まず確認しておくべきは、否定派がいかに「強制連行がなかった」と主張しても、朝鮮半島の人たちが、自発的に応募した事例は、あったとしても少数であることだ。戦局が悪化した時点にいた慰安婦たちの聞き取りでは、半島出身の人たちの表情は、他の国の出身者たちとは明らかに異なっており、日本兵に対する否定的な態度が強く出ていたと報告されている。つまり、強制連行ではなかったかも知れないが、詐欺的な方法で連れて行かれたことは間違いない。そのような人たちに対して、謝罪・賠償をすべきことは、当然だろう。しかし、ここで「方法」の対立が生じている。
 日本政府は、日韓の協定によって、個人賠償は韓国政府が行うことで決着しているのだから、政府としては韓国政府が行うべきであり、日本政府は、民間で行うなら受け入れるという立場をとっている。そして、それを実行してきた。韓国政府は、それを受け入れながらも、次期政権が破棄してしまう。日韓双方に、政府の弱腰を非難する強力な政治勢力がある。
 日本には、一切賠償すべき理由がなく、そもそも国家は「謝罪をしない」という人たちがいる。だから、民間が対応することについても否定する。韓国には、国家が謝罪して、賠償するのでなければ意味がないとする団体がある。
 また、日韓協定は、既に50年以上も前の協定であり、現在では両国の置かれている状況が異なっている。協定である以上、双方の合意によって変えることができるはずである。50年前は、韓国は当然、独立してからそれほど年月が経っていない時期である上に、朝鮮戦争の痛手がまた残っていた。経済的には、北に対してかなり遅れていた。そういう中で、経済発展の原資が必要だったという事情があり、個人賠償にまわすべき資金を、経済発展のために使ってしまったことは、絶対に間違いだったとは言い切れない。また、日本も敗戦によって大打撃を受け、経済が復興しつつあったとはいえ、多額の賠償を支払うことは、重荷だったことも事実である。そのために、賠償の対象や内容に関する議論が紛糾して、協定はなかなか結ぶことができなかった。
 しかし、現在では、双方が当時よりはかなり豊かな国になっている。だから、韓国政府が、これから協定の内容を実行することは可能である。国際条約を遵守する意志があるならば、まずは韓国政府が、当時行わなかった補償を実行する必要があるのではないか。
 また、日本政府としては、これまで謝罪をしてきたし、民間という形をとって、補償にも応じてきたが、韓国政府が補償を実行することを前提に、日韓協定の見直しの協議をすることは必要なのではないかと思われる。
 日韓双方で活動している賠償要求の団体については、やはり違和感を感じざるをえなかった。
 日本では、国連に働きかけ、また慰安婦が存在した国に出かけて、賠償請求するように呼びかける人たちがいる。それに応じて、自分が慰安婦だったと名乗り出た人が1万人以上いた国もあるという。ひとつの国で、それだけ多くの人が、50年もたっているのに生存しているはずはないだろう。こうした活動をしている人たちは、賠償を受け取る人たちが増えれば、それだけよいことだと考えているのかも知れないが、賠償金を支払うのは、実際には日本の国民である。国家機構としては継続しているが、生きている国民は全く異なっている。まさか、名乗り出た人に自動的に補償すべきと主張しているのではないだろうが、1万人名乗り出る状況と、70年後の国民が補償負担の責任を負うことの関連を、合理的に説明している論には、私は出会ってはいない。
 韓国側の国家補償でなければ認めないとする立場にも、納得できるものではない。民間団体による援助金の受け取りを拒否させるように働きかけたり、受け取った者への非難をするというのは、慰安婦だった人たちへの補償が重要ではなく、まったく異なるレベルでの政治活動をしているのだと考えざるをえないだろう。また、日本政府は真の謝罪をしていない、形式だけだという非難もあるが、そもそも国家の謝罪は「形式」以外の何物でもない。
 更に、もうひとつのことを指摘しておきたい。「強制連行はなかったから、慰安婦問題などなかった」とか「国家はそもそも謝罪するものではない」と主張する人たちは、逆に、韓国の最も強行に日本国家による賠償を求める人たちへの、強力な援軍になっている。安倍内閣は、河野談話を維持すると表明しているが、安倍晋三氏自身は、否定派とみられている。実に攻撃しやすい構図になっている。(続く)
5、違反者が罰せられるべきか

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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