名大女子学生による殺人事件、最高裁判決で無期確定

  2014年12月、名大の女子学生が、77歳の女性を自分のアパートの自室で、斧で殴り殺害した事件の、最高裁判決が出て、無期懲役が確定した。この事件が起きたときには、本当に驚いたが、その後、一橋文哉氏の『人を殺してみたかった』というルボが出された。また、逮捕当時には、犯人のウェブサイトがブログ(だったと思う)が残っており、読めるだけ読んでみて、なるほど、彼女は、常に人を殺害することを考えていたのだと感じたものだ。一橋氏の著作は、彼女の生育歴が比較的詳しく書かれており、考えさせられた。そして、親と高校の担任、あるいは理科の教師たちが、何故、彼女の行動を、よりまっとうな方向に導くことができなかったのか、あるいはしようともしなかったのか、もし、自分が担任だったらどうしたろう、あるいはどうできたろうかと考えたし、また学生たちにも問いかけてみた。
 とにかく、成長の過程をみれば、殺害に至るまで、ほとんど一直線に進んでいった感じなのである。今手元に一橋氏の著作がないので、記憶で重要な点を整理しておこう。
1.祖父が非常に有名な東北大学の教授だった人で、しかもかなりのお金持ちであった。
2.父親も優秀で研究者を目指していたが、常勤ポストを得ることができず、自宅で研究をしていたが、経済力はなかった。
3.母親が働いて生活を支えていたが、豊かではなかった。
4.近所の祖母の家で過ごすことが多く、ピアノを習っていて(ピアノは祖母の家にあった)、かなり優秀で、コンクールにもでたが、入賞しなかった。そのとき優勝した男の子の腕前に感心し、密かに好きになったが、失恋して、その後一切男に興味をもたなくなった。
5.成績は小さいころから極めて優秀だったが、いつもかなり粗末な服装で、そのアンバランスが周りに奇異な感じを与えていた。
6.両親からは、ほぼ放置されており、祖母に可愛がられていた。
7.祖父、父とも化学者で、比較的小さいころから、薬品に興味をもち、通常入手できない薬品なども、家庭環境故入手でき、最初動物に投与していたが、高校になると、人に対して使ってみたいと考えるようになり、隣の席の男子に密かに薬物を彼のポットに混ぜ、変化を観察していた。薬物などへの興味を、隠すこともなく、高校内で広言していた。
8.体に変調をきたしたその男子は、警察に届けを出したが、警察も学校もきちんとした対応をしなかった。
9.現役で名古屋大学の理学部に合格したが、少年による殺人事件に異常な興味をもち、ウェブで詳細に調べていた。特別な検索テクニックをもっていたらしい。とくに、リタニンを母親に飲ませて殺害した静岡の女子高校生には特別な関心をもっていた。大学では唯一の応援団に所属する女子で、詰め襟の学生服をきて、自分を「俺」といっていた。
10.たまたま話しかけられた布教活動をしている女性と親しくなり、その本部までいって女性を自分のアパートに誘い出して、殺害した。死体をバスタブにいれたまま、冬休みの間帰省していたが、既に彼女の犯行を確信していた警察に、再度名古屋に戻ったときに逮捕された。殺害を隠すこともなく、ひとを殺してみたかったと自供した。
 以上のような生育歴だったと思う。裁判の途中で、かなり人当たりが変化して、ある意味全うな人間になりつつあったと報道されたと思う。裁判長が、「もしまた社会に出てくることができたら、しっかり、まっとうに生きなさい」と諭したところ、素直に頷いたという。
 裁判では、弁護側が、心神喪失を主張したというが、どう考えても、それは無理というものだ。とにかく、彼女のブログを読めば、いつも殺人のことを考えており、実行したあと「ついにやった!」と書き込んでいる。はっきりと自覚的な行動だったことは明瞭である。弁護士は、この方針以外闘えないと思ったのだろうが、そうした間違った事実認定では、ますます勝つことはできないので、もっと彼女の生育歴や内面などを明らかにするような闘い方をしてほしかったと思う。
 上の成長の過程を読めば、多くの人は、彼女が恵まれていながら、ある面貧困に苦しんでおり、立派な親がいながら放置されている、学校の成績が抜群にいいのに、奇妙な行動を公然ととっている、極めてアンバランスな人間を想像するだろう。そして、私が何よりも感じるのは、とくに高校の教師が、親身に彼女のことを思い、指導しようとすれば、興味関心を捨てなくても、まっとうな生き方を可能にすることができたのではないかという点である。
 考えてみれば、人を殺すことを主たる仕事のひとつとしている職業がある。(軍人)人に薬物を投与する職業もある。(医師、薬剤師)人体を切り刻む職業もある。(外科医)そして、臨床中心ではなく、観察中心で、同様なことを実践している人たちもいる。(研究者)
 もし、高校時代の被害者が警察に通報したとしたら、学校に連絡がいったはずである。しかし、結局は、警察も学校も、彼女の行動を問題にして、処分するなり、指導するということがなかったようだ。有数の進学校であった彼女の高校は、校内で不祥事が起こることを嫌い、見て見ぬふりをしていたのだろうか。彼女が高校時代やっていたことは、もちろん犯罪であるが、通報がある以前に、彼女の行動は知られていたようなのである。深刻になる前に、ルールに基づきコントロールされた形で行う、具体的な職業を教え、長く、彼女のやりたいことを続けたいのならば、犯罪としてではなく、認められた職業のなかで行うことが必要であること、そして、そのためには、現時点でどのような勉強が必要であり、それが将来仕事していくなかで、どのような役割を果たすのか、納得のいくように説得すれば、彼女ほどの優秀な生徒であれば、きちんと理解し、かつ実行できたのではないだろうかと、残念に思うのである。
 結局、進学実績を重視し、個々の生徒の意識や課題に丁寧に指導するのではなく、そうしたことは排除しつつ、科目の成績の向上に専念する。そういう学校の姿勢が、彼女のなかの悪魔を増長させていったに違いない。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です