名曲って何? 「運命」は名曲じゃない?

 私は、CDや本の視聴者・読者のレビューを読むのが好きなのだが、ときに、かなり驚く文章にぶつかることがある。そのなかで、私にとっては最も強烈だったのが、ベートーヴェンの「運命は名曲じゃない」というのと、ベートーヴェンはオーケストレーションが下手だったというのがある。これには、心底びっくりした。来年はベートーヴェンのアニバーサル・イヤーということもあり、私のオケでも「田園」をやることになっており、また、ベートーヴェンの全集なども早速でている。
 ベートーヴェンのみならず、クラシック音楽のなかで、最も「名曲」と親しまれているのが、「運命」第五交響曲だと思っているので、「名曲じゃない」と言われると、あなたにとって「名曲は何?」と聞き返したいところだ。
 レナード・バーンスタインが、ニューヨークフィルの指揮者だったころ、「青少年のためのコンサート」というテレビ番組を行っていた。それが、全部ではないようだが、DVDにでている。非常にすばらしい番組で、日本にいくつかあった、または今もある同種の番組とは、比較にならないくらいすばらしい。なにしろ、優れた作曲家であり、優れた指揮者・ピアニストであり、非常に優れた音楽理論家だったバーンスタインが、手兵のオケを使って、解説したあとそれを実演するのだから、青少年ならずとも、示唆にとんでいる。各回に主題が設定されていて、「音楽は何を意味するのか」「メロディーとは何か」「クラシック音楽とは何か」というような「~とは何か」がいくつかあるが、さすがに「名曲とは何か」というのはない。名曲というのは、人によって、念頭におくものが違うから、主観的なものであって、客観的に定義することは、確かに難しい。しかし、どんなに嫌いな人でも認めざるをえないトップクラスの芸術家、アスリート、政治家、あるいは作品というのは、あるものだろう。例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチやモーツァルト、アインシュタインなどを「天才じゃない」という人はいないに違いない。「戦争と平和」とか、「ハムレット」を名作文学とはいえないという人も、いないと思う。主観的なものであっても、ほとんどすべての人が認めることはあるものだ。
 クラシックの名曲についてもそうだ。そして、「運命」はそのなかでも名曲中の名曲である、名曲とは「運命」のような曲をいうのだ、と思っていたが、「運命は名曲じゃない」という人がいるとすると、では、「名曲とは何か」と真剣に考えざるをえなくなる。
 考えてみよう。
(1)名曲と言われるには、みんなによく知られている必要がある。
 「知られざる名曲」というのもあるだろうが、名曲たる名曲は、一般的に有名でなければならない。有名になるためには、音楽として、メロディーが憶えやすい必要がある。どんなにクラシック音楽が嫌いだという人でも、いわゆる運命の動機と言われる出だしの部分は知っているだろう。

 
(2)名曲は、繰り返し、何度も、いや何百回聴いても飽きないものでなければならない。飽きてしまえば、聴かれなくなるのだから、長く残ることはない。運命は作曲されてから、200年もたっており、その後の作曲家にとって、常に目標となる交響曲だったし、また、聴衆の人気もずっとあった曲である。CDやDVDはそれこそ何百種類も出ている。新録音が毎年複数でている。それだけ「飽きない」音楽なのだ。
(3)ただ有名で飽きないだけでは、名曲としても物足りない。じっくり聴いたときに、「感動」があることもあげたい。「運命」って、かっこいいけど、感動するような曲か?という疑問をもつ人がいるかも知れない。しかし、私の所属する市民オケが運命を演奏したときに、聴きにきた学生が、「聴いていて涙が出てきた」といって、感動ぶりをいってくれたことがある。確かに、第一楽章の再現部に入るときに、まずオーボエのソロがあり、そのあと、提示部のそのままの再現ではなく、より沈潜しながら拡大していくように、運命の動機を反復しながら重ねていく部分があるのだが、ここは、よい演奏で聴くと、心に深く入り込んでくるような感動がある。
(4)そして、これは「運命」の特質といえるだろうが、構築性である。「運命」の第一楽章はたった3つの動機でできている。メロディーといえるほどのものでもない。単純な音列とでもいうべきものだ。最初の有名な「じゃじゃじゃじゃーん」と第二主題がこれだ。
 たった4小節の音列が4回繰り返され、そして、少しずつ変化していく。そして、第三の動機がこれだ。
 ベートーヴェンは、たったこの3つの短い動機を、幾重にも重ね、変化させることで、実に500小節もの音楽を仕立てているだけではなく、提示部、展開部、再現部、集結部をそれぞれほぼ同じ長さで作曲している。なんということもない、単純な音列3種類を使って、長大だが、実に均整のとれた構築物に仕上げているのである。「運命」は後世の作曲家にとって、まさしく手本となる作曲技術が駆使されている。(1)~(3)は音楽愛好家にとって、名曲であると感じさせ、(4)は、プロの作曲家にとっての名曲の模範なのである。

 一度「運命」の出だしを聞けば、誰でも忘れないだろう。しかし、残念なことに、誰でも知っているこのモチーフがあるのに、クラシック音楽愛好家でない人は、「運命」の全曲を聴いたことがある人は、ほとんどいないのだ。これは実にもったいないと思う。せいぜい6、7分の曲だから、せめて、1楽章でもじっくり聴いてほしいものだ。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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