大学での全盲学生の学習保障

 私が定年退職した大学の学科に、今年度全盲の学生が入学したということ聞いた。どのような支援がなされているかはわからない。だから、以下書くことは、現状批判とかそういうものではなく、こういうことが必要ではないか、と私が思っていることを書くだけだ。私が在職していたときには、他の二学部に全盲の学生が在学した。最初は文学部で、受け入れに教授会は猛反対だったというが、志望学科のある教授が、自分が全部責任をもつからということで説得し、受験が認めれ、合格して入学したという経緯があった。そして、その教授が、テキストの点訳などを自分でしたかどうかは正確に知らないが、とにかく、責任をもって実施したということだった。4年間、本当にたいへんだったと思う。もちろん、学生の支援はあったろうし、そのうち、教授たちの協力もできたに違いない。他学部であった私たちには、教育上はなんの関係もなかったが、キャンパス環境に対して、非常に大きな影響があった。それまで、キャンパスは、たいした広さではないが、通学や部活の離れた運動場にいくために、自転車に乗っている学生が非常に多かった。そして、無造作に自転車をあちこちに放置していた。とくに、校舎の入り口には多数の自転車がとめられ、とても危険な状態だった。健常者でも危険なのだから、全盲のひとにとっては、命懸けで校舎にはいるような気持ちだったかも知れない。そこで、大学として、学生たちに訴え、また、自転車置き場を広めに設置して、そこに自転車をとめるように、厳格に指導した。そのために、キャンパスはすっかり歩き安くなった。障害者のために行う施策は、一般的な普遍的な有用性をもつ、と実感した体験だった。その後教育学部の音楽専攻に入学したひとが複数いたが、音楽なので、耳のよい全盲学生は、かなりうまく適応していたようだし、支援もスムーズだったようだ。

 
 全盲の学生はいなかったが、聴覚障害の学生は何人か在籍した。そのときには、私はいろいろと係わり、その体験は、このブログでも書いている。(「最終講義」)そのとき、支援のあり方に、かなり多様、というより対立するような考えかたがあることがわかり、学生たちとかなり議論したものだ。
 さて、臨床心理学科に入学したということは、さすがに、臨床を専門とする教員たちだと思った。おそらく、いろいろな対応がされているだろうが、最初の壁は教科書の問題だろう。聴覚障害者の場合には、文字が読めるので、ほとんど文字情報である教科書を、事前に自分で読むことについてはまったく問題がない。彼らの問題は、なによりも、講義そのものを聞き取ることができないという点にある。だから、ノートテイクか音声認識で文字化するしかない。いずれもリアルタイムでは、極めて不十分である。それを私は、録音をおこして文字化して、ウェブにアップすることで補充した。それは事後的でかまわない。
 しかし、全盲の場合には、だれかが事前に読んであげることが、もっとも簡単なことになるだろう。もちろん、だれかがテキストを点訳することができれば、最善だろうが、それは、よほど強力な点字サークルでもなければ無理だろう。学生たちが、事前に読んで録音したものを、学生にわたして、それを聴くことによって、講義を理解できるようになる。もし、テキストが担当教員の自作で、テキストファイルの形になっていれば、音声読み上げソフトを使うことができるが、そういう教員はあまりいないだろう。私自身は、教科書を自作し、pdf化して、無料で配布していたから、それは可能だったが、そういう必要は生じなかった。
 
 しかし、そうしたことが可能だったとしても、さらにもうひとつの壁がある。それは、日本の学術用語は、ほとんどが漢字でかかれているという点だ。点字は、基本的にかな対応なので、漢字のように、同音異義語を正確に違うように表現することができない。読まれても、違いがわからないし、新しくでてきた学術用語を、それまでに知っている別の意味の同音異義語に、解釈して、その違いに、読んでいるひとも気がつかないということが、充分にありうる。この対策は、私には次のようなものが有効だろうと思う。
 同じ専攻の上級生が支援グループをつくって、事前に音読してあげる。事前に録音したものをわたしてもよい。そして、予習でも復習でもいいのだが、概念について、丁寧に説明してあげることである。どの概念を説明するのか、どのように説明するかは、学生たちの力量によって左右されるのだが、お互いの学習だから、多少の間違いなどは仕方ないだろう。継続しておこなえば、あとで気づくこともあり、そして、概念を正確に把握するという点で、説明する側の学生にとっても、非常によい勉強になるように思われる。
 要は、そうしたグループを教員たちが組織できるかである。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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