ゆとり教育2

 前回は、ゆとり教育は失敗したが、しかし、必要な改革であったと書いた。
 何故必要であったのか。それは、なんらかの措置をとらなければ、日本の子どもたちは、あまり勉強しなくなるだけだと予想されたからである。日本の子どもは、多少の例外はあっても、平均的には、勉強は試験のため、受験のためにする、それがない時期には、少なくとも学校の勉強などはしない、という傾向である。子どもは学校が好きか、という調査には、圧倒的に「好き」という回答がえられるが、その理由は、「友達」であって、けっして「勉強」ではない。学校は勉強する場であることは、誰でも自覚しているだろうが、学校の勉強を楽しいと感じている子どもは、ごく少数しかいないのである。しかし、それでも、日本の子どもたちは、よく勉強してきた。そうしないと進学できないからである。

 ところが、前回も書いたように、少子化が進んだことによって、特別に選ばなければ、それほど勉強していなくても、高校、大学にいける状況が生まれた。実際に、私が大学で接した学生で、高校時代に必死で勉強したという学生は、極めて稀にしかいない。つまり、何もしなければ、日本の子どもたちは、学校でたいした勉強をしないままに、社会にでていくことなる。そして、それは実際に生じていた現象である。
 これに対する対策は、大きく分ければ、ふたつあった。
 第一は、少子化しても、受験勉強をしなければならないような、何らかの制度的工夫をすることである。
 第二は、受験勉強を不要にしてしまい、その代わり、好きなことをとことん学ぶような環境を作ることである。
 文科省は、実際にこのふたつの方向性を志向するグループに、分かれていたらしい。だが、政治の主体は、第一の方向をとった。つまり、ゆとり政策をとりつつ、「試験」の場をなんとか拡大するようにもっていったのである。まず全国学力テストの復活、そして、これは自治体レベルのテストも不可されて、多くの子どもたちは、3つのレベルの学力テストを受けることなっている。そして、その準備教育(予行練習)もかなり行われている。それから、中学受験の拡大である。東大入試などで、中高一貫校が圧倒的に有利である事実を踏まえ、公立高校が中等教育学校に改編され、現在では、公立中学と公立高校をへて、大学に進学する割合は、次第に減っている。特に、偏差値の高い大学へは、中高一貫の学校から進学する者が、ますます多くなっている。そして、人気校の中学のための受験競争は、非常に厳しいものになっている。
 また大学に入学後も、卒業後に何らかの試験を受けることが必要な職業が、少しずつではあるが増えている。
 こうして、一時期のように、世代全体が入学試験競争に巻き込まれているような状況ではなくなっているが、時期が拡散したとはいえ、受験勉強を強いられる場面が、新たに作られてきた。
 行政や政策が、こうした方向をとっている以上、ゆとり教育が成功することはありえなかったのである。
 
 これほど社会が多様化し、新しいことが求められるときに、既成の知識を詰め込み、情報量で競うような試験、そして、そのための試験勉強が、未来を担う人材の育成としてふさわしくないことは、明らかであろう。それで、賢明に勉強するのならば、まだやらないよりはましであるが、実際には、勉強量が著しく減ることになった。そして、自由な時間を有効活用した人は、これまでの感覚では、驚きでしかないような人材が育っていることも事実だ。しかし、多くは学校教育の中身とは無縁のところで現れている。オリンピックで金メダルをとった中学生や高校生たち、将棋の藤井、野球の大谷などは、あきらかに既成の概念では想像もできなかったような素質を開花させている。
 教育全体が、そのような自由に、自分のやりたいことを徹底的に追求できるような環境をつくりだすことが必要となっているのである。もちろん、これまでのような情報量を蓄積する勉強で励む者がいてもよい。特に文系のアカデミックな研究は、そうした資質が必要だからである。
 そのためには、学校そのものが、学ぶ対象を鮮明にし、目的をもって進学するようにすること。そして、その進学については、進学先が選抜をするのではなく、送り出す側が、評価して進学させることが、必要になる。更に、特に大学においては、登録された学生だけではなく、広くネット環境を活用して、他大学の学生、あるいは社会人でも履修可能な体制にすること。
 こうしたなかでこそ、次代を担う人材が育つと思われる。そして、それをめざすのが、「ゆとり教育」なのである。
 
 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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