【環境としての人間】「スクールカースト」~夏休み行ったこと~

この夏休みは春学期の続きとして「スクールカースト」をいかにしたらなくすことができるかを出発点として始めた。

どうしたらなくせるのか考えるにあたって私は、スクールカーストの根本にある各個人の値踏みの思考(この人間はこの程度の人間だろうから私のほうが高い、あるいは低いと思考)が「どうして無意識のうちに人間間で行われてしまうのか」を解明しないと示しがつかないのではないかという見地に至った。

そこで、太田先生の勧めもあり、中根千枝さん著の「タテ社会の人間関係~単一社会の理論~」も研究文献に加えることにした。

なぜ人は無意識のうちに値踏みを行い、人間間で優劣関係を見出そうとするのか。簡単に言ってしまえば、現在の日本社会が序列主義を重んじて成長してきた経緯があるからだと推測できよう。終身雇用、そして人間平等主義が蔓延する中で人は必ず順序の中で自分の社会的地位を気にしながら育ってきたとされる。例えば、会社の役職や給料は能力の高いものから充てられるので序列にしたがったものである。つまり、“できる”人間が偉いポストにつき、いい給与を得る。逆に“できない”人間は序列関係では下なのである。しかし、必ずしもそうでない場合も多々あるが、一般的な傾向はそうである。

しかし、現在はハイパーメリトクラシーの時代であり様々な能力が求められるようになった。文部科学省が推奨する「生きる力」の育成なんかもこうした流れを受けていると考えられる。また今はこれといって何かしていればいいという正しい生き方もなく、序列に対する意識が戦後と比べて変わってきたのは確かである。

しかし、序列の構図が少なからず、今現在の社会に根強く残っていることは否定できないだろう。スクールカーストの背景にはこうした序列の構図があり、学校「スクール」に浸透してきたということであると推測できる。だとすると、この社会で生きる人間は値踏みという行為を必然的に行ってしまうのではないかと考えられる。また、なぜ今になってスクールにこうした序列構図が浸透してきたのかという疑問もある。

 

このように考えると、スクールカーストのような状況が叫ばれるようになったのは必然的であるとも考えられる。よって私は社会の在り方を変えることを前提にしなければ、スクールカーストをなくすということは難しいという見解に至った。

 

といってもスクールカーストがいじめの温床になっていること、それに加え、各個人の将来性が左右されてしまう現状があるのである。この現状を「しかたない、そういうものだ」として手を打たないのは学校教育を考える上では望ましいことではないだろう。

したがって私はスクールカーストをなくすことは現実的に難しいとしても緩和することは出来ないかを模索したい。

そこで緩和策として太田先生からお借りした津田 八洲男さん著の「5組の旗」という本を研究文献の一つに加えた。この本は生活綴り方教育として津田さんが行った教育とその学級記録が鮮明に載っている。生活を綴らせることで自分の気持ちを改めさせるということである。また、相手の様子を綴ることによって相手に対する思いやりの気持ちを深め、絆ある学級にしたという。こうした試みがスクールカーストの緩和につながるのではないかと推測したい。

スクールカーストというと、どうしても人をマイナスの面で捉えたり、人に対しての偏見や上辺だけでの関係が多いのではないかと思う。

こうなってしまった要因の一つには電子機器の急速な発展を受け、文字を書くことが減ってしまったということが考えられないだろうか。

つまり、スクールカーストのような状況が問題視される以前の状況に比べて、相手のことを思いやり、生活にその様子を綴るという事が減ってしまったのではないかという事である。

こうした視点を夏休み期間に得られることが出来た。秋学期のインタビューでは生活で綴ることがスクールカースト緩和に繋がるのかどうかを文献やインタビューを通して研究を進めていきたい。

 

また、この夏休みには大学生だけでなく大学教員の方にもインタビューすることが出来た。その先生とのインタビューの中で新たなヒントを得ることが出来た。

 

○インタビュー内容

・先生の学生時代スクールカーストと呼ばれる現象はありましたか?

・はい、ありましたよ。比較的に偏差値は高いところでしたが、当時高校では先生や周りからちやほやされている人気者がいました。人気者の発言には重みがあり、皆は否応なく聞き入れましたね、僕は嫌だと感じませんでしたが、中には嫌だと感じる人はいたかっもしれませんね。

・スクールカーストはやはり望ましいことではないと先生もお考えになっているようですがどうしたらなくすことが出来ると思いますか。

・完全になくすというのは難しいと思いますよ。それこそ学校でのクラス制を廃止するとか思い切ったことをしなくてはならないとおもいます。中学や高校から単位制の導入をしてクラス単位でも行動を減らすというのも一つの手かもしれませんね。ただし、クラス制廃止が果たして本当に良いことなのか否かは別に問われる問題かと思います。僕個人としての考えはスクールカーストという権力構図を上手い具合に活用すれば少しは和らぐのではないかと思います。

・具体的にはどういうことですか。

・例えば、数学の得意な子がいたら、数学の時間はその子が輝けるように、みんなが各個人の得意分野を理解し合えるような関係を作るという事です。理科の時間でしたら、理科博士はあの子だというような感じです。

・なるほど、各々の長所が共有できるクラスを作ることは大事な視点かもしれませんね。ありがとうございます。

・ですが、それでも外見や雰囲気でなんとなく判断してしまうのは子どもなら多いと思います。完全になくすことは子どもの価値観を変えていくことが大事なのかもしれませんね。

 

 

といったようなインタビュー内容であった。このようにスクールカーストを緩和する策として糸口が開けた気がする。

秋学期からクラス運営にも視点をもって大学生にインタビューしていきたい。そして秋学期からは補助教員ボランティアが始まるので補助教先の学校の先生方にもインタビューをしたいと考えている。

夏休み行ったことは以上です。

 

 

 

 

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。