悠仁親王が、筑波大付属高校に既に合格しているという情報や、これに関して天皇が秋篠宮を呼んで、苦言を呈したところ、秋篠宮は納得しなかったばかりではなく、主に動いているのは紀子だから、そっちに文句を言ってくれと言い捨てたというような話が、週刊誌などに報じられている。あいかわらず日刊ゲンダイだけは、皇族なのだから、どこに入ろうと当然だというような擁護論を書いているが、冷静に考えれば、こうした形で、将来天皇になるかも知れないひとが、国民の大きな反感をかいながら、学歴を積み重ねていくことは、将来の日本にとって、大きな損失をもたらすと考えざるをえない。もちろん、悠仁親王が本当に天皇になるかどうかはわからないし、その前に皇室典範が改定されて、愛子天皇の実現に動くかも知れない。しかし、現政権は秋篠宮、悠仁親王という路線を、現時点で変更していないから、可能性はある。
では、なぜ将来の日本にとって損失となるのか。
それを考えるには、現在の日本にとって、天皇という存在はどのような役割を果たすべきであるのかということを明確にしなければならない。もちろん、この点についても、国民的なコンセンサスがあるわけではないし、八木秀次のような、まるで江戸時代の天皇の有り様を前提に考えているひともいないではないが、多くの国民は、この間の小室圭-真子結婚騒動で、皇室は、日本国民の積極的な評価をえるようにしてもらわねばこまる、という感覚をもつようになっただろう。
八木のいうように、奥深いとこに鎮座ましましていればよい、やるのは宮中祭祀だというような見解を支持する国民は少ないに違いない。それならば、税金で維持する意味がない。愛子天皇支持が多数であることは、天皇にふさわしい人間性と能力、資質をもっているように見えるという期待感が反映されている。逆にいうと、まったく無能で無責任なひとが天皇ではこまるという意識でもある。
幼稚園だけではなく、通常入試を受けてはいる高校まで、日本有数のエリート校を特権行使(政治力行使)ではいり、東大まで受験することなく入学しようとしているということは、公正な方法で入らず、実力がないのに、特別な道をつくらせてしまう、そういうひとが、天皇にふさわしい人間として育つのか、という危惧を国民の多くが抱いているということだ。
何度も書いていることだが、天皇継承問題は、何を論じる必要があるのかを再度整理しておきたい。
天皇の選ばれ方は、歴史的に大きな変遷を経験してきたのであって、いつの時代でも同じように天皇が選ばれてきたわけではないし、血統の論理だけで選ばれてきたわけでもない。大きな変化があったのは、平安時代であって、奈良時代までは、天皇にふさわしい人物であることが、それなりに重視されてきた。天武天皇のように戦争で天皇の地位をもぎ取った人物すら存在した。天皇の第一皇子が自動的に天皇になったわけではないのである。つい最近までは、天皇継承資格者はたくさんいたが、特に奈良時代までは、そのなかから人物本意で選ばれた側面が小さくなかったのである。子どもが天皇になることなどもなかった。平安時代には、有力者の娘である天皇の妻(複数いる)が生んだ男子という要素が強くなった。有力者の娘でなければ、男子でも天皇になることは難しかったし、もちろん、有力者の娘でも男子を生まなければ、女性では天皇になることはできなかった。
ここで、興味深い事実がひとつ浮き上がる。つまり、人物本意で天皇が選ばれた時代には、女性天皇が少なくなかったのに、天皇の政治的影響力がほとんどなくなった、文字通り象徴にすぎなくなったときには、女性天皇がいなくなったということだ。(平安時代から現代に至るまで女性天皇は一人抱けてある。)
それを大きく変えたのが明治時代だ。明治憲法における天皇という存在は、なかなか理解が難しい。主権者であるとされたが、実際に、ヨーロッパの絶対君主のように、権力を行使したわけではない。実際の政治は、元老や有力政治家によって実施されたのであって、天皇が本当の意味での裁可をしたことなどは、ほとんどないはずである。そういう意味では、内閣の助言によって行動内容を決める、現在の天皇と重なる部分はたくさんある。しかし、それでも、主権者であり、現人神だったから、影響力を行使することはできたし、また、天皇を担いで政治権力を奪おうとした事件も起きた。(226事件をみよ)ただし、天皇の自発的意志による政治の実行などは、決して起きないような工夫がなされていた。だから、天皇はある意味象徴であり、絶対に継承をめぐっての争いなどが起きないように、厳密に血筋によって継承順位が決められていた。法令で厳密に継承順位が決められたのは、おそらく明治になったからだろう。
戦後は、憲法上主権者ではなくなり、人間宣言などもあって、開かれた皇室が形成されてきたが、私の見る限り、皇族がもつ政治的影響力は、むしろ大きくなったのではないかと思う側面もあるのだ。それは、外交面で顕著だ。戦前の天皇は、外国には行かなかったから、来日したひとを応対することはあっても、世界中を回って皇室外交をするなどということはなかったのである。平成の天皇はそれを自覚的に行った節があり、雅子皇后も、消極的だった皇太子の求婚を受け入れた理由のひとつが、外交官だった自分が、皇室外交の形で、国際協力に寄与できると思ったからだろう。様々な理由で抑制されてきたし、現在はコロナで難しいが、コロナ騒ぎが収まったら、天皇皇后による皇室外交が活発になることは、十分に予想される。そして、政治的権能とは別の次元で、天皇の存在は大きくなるだろう。あくまで皇室外交は、主に王室との交流だから、表立った政治的意味はもたないだろうが、双方の国民の共感を高める効果はある。
さて、そうした場合、いかに皇室外交といえども、ひととしての資質、教養、語学力等が必要となる。単純に血統のみによって即位した人物では、かえって外交的にマイナスになってしまう危険がある。つまり、天皇にしっかりした実力が求められる時代に変化しているのである。それは、女性も含めて、天皇の資質を十分にもった人物が求められることを意味している。それは、歴史の教訓でもある。
逆を考えればわかりやすい。現に、秋篠宮家のひとたちによる海外訪問は、評判が悪く、拒絶的に扱われている場合もあるという。それは、彼らの振る舞いをみれば、納得できることだ。自己満足的な行動で、相手の政府や王室に迷惑をかけたことも複数報じられている。日本の皇族からも冷たい視線を投げかけられているのに、海外の王室から好意的にみられるわけがない。
もし、皇室を存続させていくならば、そして、それを公費で支えていくのならば、皇室外交は大きな任務であるし、そして、そういう資質をもったひとに、中心的なひと、つまり天皇になってもらわねばならない。外交センスのないひとが、皇室外交などをされたら、マイナスの効果をもってしまう。
正規の試験を受けず、しかも、学力が低いが故に特別措置を要求して、いわば裏口入学の連続で上級学校に進学したような人物が、世界の王室の人々の信頼をえられるような人間形成が可能であるわけがないし、また、そうした低い学力では、豊かな教養が身につくはずもない。そういう人物が、皇室外交などできると考えるほうが常識はずれであろう。裏口入学でやってきたというだけで、人間的に信頼されないだろう。
国民の総意に基づくという憲法の規定は、皇室に限らず、政府も同様であり、国民に支持される存在でなければならない。国民に支持されなければ、如何なる制度もやがては消滅していく。