リヒャルト・シュトラウスのオペラ集

 私の年代には、非常に珍しかったと思うが、私は小学生のときから、オペラファンだった。実際にオペラを生で見たのは、大学生になってからだったが、それでも、レコードを毎年買っていた。そして、現在までずいぶんオペラを視聴してきたが、好きなオペラ作曲家はモーツァルトとヴェルディだ。ワーグナーとリヒャルト・シュトラウスは、偉大だと思うが、聴きたいと思うのは、一部になってしまう。特に両者とも、後年の作品は楽しめない。20世紀になって、大衆的に親しまれているオペラといえは、非常に限られていて、リヒャルト・シュトラウスの「バラの騎士」が最後なのではないかと、長年思っていた。すると、岡田暁生『オペラの終焉』という本が、まさしくそうした主張を詳しく書いた本として現れて、同じようなことを考えている人がやはりいるのだと、心を強くしたものだ。もちろん、名曲とされるオペラがないではない。「ヴォツェック」のような名曲という評価が確定している作品もあるが、大衆的に愛されているかというと、多分に疑問だ。この場合、大衆的に愛されているというのは、多くの人がそのオペラの中のメロディーを口ずさむというような意味だ。「ヴォツェック」を繰り返し聴いたわけではないからかも知れないが、私は、ここに出てくる音楽を口ずさむ気になるようなメロディーを見いだしていない。

 では、リヒャルト・シュトラウスはどうか。「バラの騎士」には口ずさみたくなるような音楽が、たくさんある。そして、非常な人気オペラだ。しかし、その後の作品はどうなのだろう。実はリヒャルト・シュトラウスのオペラは、著作権の規制があって、頻繁に演奏されるものではなかった。1949年に亡くなったから、2019年に著作権が切れている。ただし、アメリカで、いわゆるミッキーマウス法による延長の時期との関連で、もう少し前から、リヒャルト・シュトラウスの著作権が切れたとされたとも考えられ、(ここは正確にわからない。)それでも、50年として1999年までは、はっきりと著作権がいきていた。リヒャルト・シュトラウスは、音楽家の著作権の確立に熱心に取り組んだ人物であり、特にオペラの上演には、著作権料もかなり多額になっていたので、それも制約となっていたに違いない。余談だが、カルロス・クライバーは二度「バラの騎士」の指揮を日本で行っている。最初はバイエルン州立歌劇場、二度目はウィーン国立歌劇場である。そして、ある雑誌での記事だが、二度目の著作権料は一度目の100倍だったという、嘘のような話がある。
 もちろん、リヒャルト・シュトラウスのオペラの上演の困難さは、高額な著作権料だけではなく、大規模なオーケストラ、たくさんのソロ歌手、至難な歌のパッセージなどがあり、やはり、大がかりな音楽祭や大オペラ劇場のレパートリーにいれるなどが、主な上演機会ということになるだろう。しかし、市販される映像も増えてきて、次第に親しみやすくなってきた。そして、ARTHAUS MUSIKから7つの演目が入っているDVDの在庫整理のような安売りがあったので、購入して、やっと全部聴き終えた。入っている曲は、
・バラの騎士 1910
・ダナエの愛  1940
・サロメ 1905
・エレクトラ 1908
・カプリッチョ 1941
・影のない女  1917
・ナクソス島のアリアドネ 1912
である。(数字は初演、または完成の年)
 リヒャルト・シュトラウスは、管弦楽の作曲では確固たる地位を築いていたが、オペラではなかなか成功しなかったと言われ、最初の成功作が「サロメ」だった。かなり前衛的な作風で、ワーグナーと比較しても、響きの強烈さで際立っている。内容も極めて刺激的だ。そして、更に徹底した「エレクトラ」が続くが、次の「バラの騎士」で、前衛性を引っ込め、親しみやすい音楽と響きに満ちた音楽となっている。先述したように、口ずさみたくなるようなメロディーに溢れている。リヒャルト・シュトラウスが堕落したという人もいる。
 しかし、これ以降、音楽はすばらしいのだが、歌唱のほとんどが台詞をしゃべるような朗唱が多くを占めるようになり、「歌」のメロディーを口ずさみたくなるような場面が、極めて少なくなっていく。だからといって、音楽的に魅力がないわけではない。オーケストラが常に繊細、雄弁に雰囲気をつくっているからだ。だが、最初の3作以外は、通して視聴したのが初めてだったので、やはり、入り込むのは難しかった。
 もうひとつ、リヒャルト・シュトラウスのオペラが、何となく親しみにくいのは、ドラマの進行がゆっくりしていることだ。これは、ワーグナーと同様だ。ワーグナーの傑作「トリスタントとイゾルデ」は、話の筋だけ簡略に書けば、数行程度で済んでしまう。イゾルデは、敵国マルケ王の妃になるために、トリスタンに付き添われて船旅をしているが、そこで好きなトリスタンと死ぬために毒をふたりで飲むが、それは媚薬だったので、熱烈な恋に発展し、逢い引きしているのをマルケ王にみつかり、トリスタンは追放され、やがて攻め込まれて重傷を負い、イゾルデが駆けつけるが二人とも死んでしまう。これだけの筋が、4時間もかけて演じられる。リヒャルト・シュトラウスのオペラも似ている。ドラマそのものの展開は、遅々として、その間に、説明的な朗唱が長々と入る。モーツァルトの「フィガロの結婚」などと比べれば、その違いがよくわかる。「フィガロの結婚」では、登場人物がたくさん登場し、その都度筋が進んでいく。だから、モーツァルトのオペラは、劇としても面白いが、ワーグナーやリヒャルト・シュトラウスのオペラは、何よりも、その雰囲気に浸ることができれば、比類ない魅力を感じるのだろうが、そこまでいかないと、退屈なドラマとしか思えない。背景で鳴っている音楽は魅力的なのだが。リヒャルト・シュトラウスのオペラの魅力を掴むには、もう少し繰り返し聴く必要がありそうだ。
 少し演奏の感想だが、まずなんといっても名演なのは、カルロス・クライバーによる「バラの騎士」で、バイエルンでのライブである。語り尽くされてきた名演で、日本でも上演され、クライバーの名前を日本人に焼き付けたものだった。私は、このあとのウィーン・オペラのほうの「バラの騎士」を見たのだが、これもすばらしかった。
 次はカール・ベームが指揮したザルツブルク音楽祭での「ナクソス島のアリアドネ」の上演だ。1965年なのでモノクロでモノラルだ。録音はステレオが十分に可能な時代だったが、テレビ用だったので、モノラルになったのだろう。NHKならステレオで収録したに違いない。この曲は、他の映像を何度も試したが、最初は台詞そのものとして語られる部分が多く、2幕にいくことなく挫折していたが、このベーム版では、作曲家のセーナ・ユリナッチがすばらしく、2幕の劇中歌劇にたどり着くと、リヒャルト・シュトラウスらしい音楽となるので、最後まで聴けた。そして、レリ・グリストのツェルビネッタがアリアを歌い終わると、拍手が鳴り止まず、バレエ上演のように、ダンサーよろしく、なんども舞台に戻ってお辞儀をするという、珍しい場面が印象的だった。これ以外に、こういう場面は見たことがない。普通、アリアを歌い終わると、どんなに拍手が続いても、舞台に引っ込んでしまうか、あるいは、歌い終わった姿勢でじっと拍手が止むのを待っているものだ。他の解説書によれば、この上演の最初の回に、あまりに拍手がすごいので、演出家がわざわざ舞台上に登場して、グリストにお辞儀をさせたのだそうだ。そして、その後、先述のような「演出」に変わったという。
 演出が変わっているのは、「影のない女」で、愛知県立劇場のこけら落とし上演として、バイエルンオペラが引っ越公演を行ったものだ。市川猿之助が演出を担当したという舞台で、まるで能のような衣裳をつけている。東洋のどこかが舞台で、天上と地上の世界が行き来するような音楽なので、これは不自然ではなく、日本人としては、すんなり受け入れられるものだが、ヨーロッパのひとにはどう映るのだろうか。
 「サロメ」は、前にまとめて書いたが、ミヒャエルは、容姿的にサロメ的だが、歌がやはり弱いのが残念だ。映像としてオペラを楽しむようになって、オペラ歌手は、難しい状況になったが、そういう困難さを抱えている最大のものがサロメかも知れない。可憐な少女と、過激なダンサーと、強烈な歌唱力の3つを要求されるのだから、すべてを求めるのが間違いなのだろうが。音楽を楽しむためには、カラヤン盤のような名演を聴き、劇を楽しむために、このようなミヒャエルのサロメを見るように、分けて楽しむのがいいのかも知れない。
 最初から最後まで強烈さを保持した演奏が、アバドの「エレクトラ」だ。特に、マルトンのエレクトラと、ファスベンダーのクリテムネストラは、文字通り鬼気せまる歌唱だ。これは、暗い演出への反感が強く、終演後ブーが浴びせられるが、アバドが当惑して顔を引き攣らせている姿まで映っている。通常、名演だから、映像として市販されるわけだし、これは非常な名演だが、このように、ブーを浴びせられる場面までちゃんと収録しているというのは、これ以外に見たことがない。
 「ダナエの愛」は、リヒャルト・シュトラウスが生前初演することができなかった作品ということで、あまり上演されないようだが、いい音楽だと感じた。ただし、この演奏は、歌手が弱い。「カプリッチョ」は、オペラは音楽が先か、詩が先かという、鶏と卵のような論争を繰り広げるオペラだが、ドイツ語を正確に理解できないと、なかなか楽しむのは難しい気がした。ただ、オペラを創作していく過程を描いたような作品なので、パリのオペラ劇場自体を舞台として、舞台機能を駆使したり、客席に出張ったりしての演出は面白かった。
 
 以下演奏者の一覧をあげておく。
・ばらの騎士
伯爵夫人…ギネス・ジョーンズ(ソプラノ)、オックス男爵…マンフレート・ユングヴィルト(バス)、オクタヴィアン…ブリギッテ・ファスベンダー(メッゾ・ソプラノ)、ファニナル…ベンノ・クッシェ(バス)、ゾフィー…ルチア・ポップ(ソプラノ)、歌手…フランシスコ・アライサ(テノール)、他
バイエルン国立管弦楽団、バイエルン国立歌劇場合唱団、 指揮:カルロス・クライバー/ 演出:オットー・シェンク
制作:1979年5、7月 バイエルン国立歌劇場におけるライヴ収録 186分/2枚組片面2層、1層/カラー 日本語字幕 ステレオ/リニアPCM
 
・ダナエの愛
【あらすじ】
 ダナエ…マヌエラ・ウール(S)
 ユピテル…マーク・デラヴァン(Br)
 ミダス…マティアス・クリンク(T)
 メルクール…トーマス・ブロンデレ(T)
 ポリュックス…ブルクハルト・ウルリッヒ(T)
 セメレ…ヒラ・ファヒマ(S)
 オイローパ…マルティナ・ヴェルシェンバッハ(Ms)
 アルクメーネ…ユリア・ベンツィンガー(Ms)
 レダ…カタリーナ・ブラディッチ(A)
 ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団&合唱団
 アンドリュー・リットン(指揮)
 
・エレクトラ
 エヴァ・マルトン(エレクトラ)
 ブリギッテ・ファスベンダー(クリテムネストラ)
 シェリル・ステューダー(クリソテミス)
 ジェームス・キング(エギスト)
 フランツ・グルントヘーバー(オレスト)
 ウィーン国立歌劇場合唱団
 (ヘルムート・フロシャウアー:合唱指揮)
 ウィーン国立歌劇場管弦楽団
 クラウディオ・アバド(指揮)
 演出:ハリー・クプファー
 
・サロメ
 ナージャ・ミヒャエル(S:サロメ)
 ファルク・シュトルックマン(B:ヨハナーン)
 ペーター・ブロンダー(T:ヘロデ)
 イリス・フェルミリオン(M:ヘロディアス)
 マティアス・クリンク(T:ナラボート)、他
 ミラノ・スカラ座管弦楽団
 ダニエル・ハーディング(指揮)
 
・影のない女
 皇后:ルアナ・デヴォル
 乳母:マルヤーナ・リポヴシェク
 皇帝:ペーター・ザイフェルト
 染物師バラク:アラン・タイタス
 染物師の妻:ジャニス・マーティン
 使者:ヤン・ヘンドリク・ロータリング、他
 バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団
 ヴォルフガング・サヴァリッシュ(指揮)
 演出:市川猿之助
 装置:朝倉摂
 
・ナクソス島のアリアドネ
 ‏ : ‎ カール・ベーム, ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団, エリック・フレイ, パウル・シェフラー, セーナ・ユリナッチ、レリ・グリスト、ジェス・トーマス、ヒレブレヒト、
 
・カプリッチョ
伯爵夫人:ルネ・フレミング
伯爵:ディートリヒ・ヘンシェル
フラマン:ライナー・トロスト
オリヴィエ:ジェラルド・フィンリー
ラ・ロッシュ:フランツ・ハヴラタ
クレロン:アンネ・ゾフィー・フォン・オッター、他
パリ・オペラ座管弦楽団&合唱団
ウルフ・シルマー(指揮)
演出:ロバート・カーセン

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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