ダイヤモンドオンラインに「スマホが頭を悪くすると断言できる科学的な理由とは」と題する文章が掲載されている。(川口友万 2021.7.7)https://diamond.jp/articles/-/275768?utm_source=daily_dol&utm_medium=email&utm_campaign=20210707
このような議論は多数あるが、これは、「5分間のスマホ利用で記憶に重大な障害(Mobile phone use for 5 minutes can cause significant memory impairment in humans)」(Hell J Nucl Med. Sep-Dec 2017;20 Suppl:146-154 Kalafatakis Fほか)という衝撃的(?)な論文の紹介である。原文の要約はウェブで読むことができるが、川口氏の紹介は、要約に基づいているようだ。簡単に紹介すると、(私も本文を読むことはできなかった)
・健常者64名、軽度認知障害者20人を実験群、健常者36人が対照群とする実験。
・実験群に対しては、最初に10個の単語を見せ、思い出して書いてもらう。
スマホを使う前・スマホを5分使った直後・スマホを5分使ってから5分後でスコアを比較。
実験群では、直後→5分後→使わない順にスコアが低かった。
スマホを使わなかった対照群は、テストの回数が増す度に、上昇した。
スマホを使った老齢者は、低下の度合いが大きかった。
この結果を、筆者(実験者)は、スマホを使っているとワーキングメモリーに新しい情報が入るために、記憶が定着せず、記憶力が落ちる。スマホは本当に記憶力を低下させる、と結論付けている。
これがこの実験からいえることだとするが、筆者は更に、スマホは人を不安にさせる、(サイレントモードにするだけで、不安になるという調査)
そして、精神科医のアンデシュ・ハンセンという人の「スマホ脳」の作者の、スマホをギャンブル依存と同じだという説明を紹介している。「脳は『おそらく得られる』という状況が好きなんです。だから人間はギャンブルが好きな」のだそうだ。
そして、更に紙の本とPDFとでは、紙のほうが学びの質が高いという。そして、デジタルそのものが、人間にもたらす影響を研究しなければならないとか。
スマホはすばらしいものでもあるが、ダークサイドもある。例えば、他人と比較しやすく、共感力が失うのだそうだ。
「私たちはスマホを使いだしてから、眠らなくなり、運動をしなくなり、人とあわなくなりました。私たちがテクノロジーにあわせるのではなく、テクノロジーが私たちにあわせるべきだ」スマホとは何なのか、デジタル化は善なのか悪なのか、議論すべき時と場所にたっている。
このように筆者は結んでいる。
正直いって、この文章を読んで、馬鹿馬鹿しいと感じざるをえなかった。
まず、実験に関しても、疑問が沸く。
・なぜ、対照群には、スマホを使わない軽度認知障害者がいないのか。しかも、あとのほうでは、「高齢者」と呼んでいる。高齢者なのか、認知症なのか、はっきりしていない。
・この実験では、確かにスマホを使っていると、気がちったり、スマホを使っていたときの記憶が残っているので、スコアが悪くなることは、当然予想できるし、また、納得できるが、スマホだからそうなのか、ということはまったくわからない。例えば、面白いテレビ番組を見た直後、5分後という実験をしても、同じような傾向になることは、十分に考えられる。それならば、テレビは脳に害があり、記憶力を低下させるということになるかも知れない。スマホ、テレビ、対面の会話、運動、料理、等々様々なことを同じようにやって、スマホの場合が、スコアが有意差をもって悪ければ、確かにスマホは記憶力に悪いという結論が、それなりに出てくるだろうが、スマホだけ実験して、そのように結論するのは、あまりに乱暴な話ではないか。科学的とはとうていいえない。
また、スマホにしても、どのように使っていたかによって、差があるかも知れない。ニュースをみていた、記憶力テストをしていた、ゲームをしていた、出会い系サイトをみていた、映画をみていた、等々で、スコアが違ってくるかも知れない。そうした内容によって、差がでれば、「スマホのため」ということにはならないだろう。
スマホがないと不安になるということについても、人によって、スマホ以外でもそうしたことがおきることは、いくらでもある。要は、何かに執着していれば、それが何であれ、なくなれば不安になることは当たり前だし、何かに夢中になって、その直後に記憶テストをやれば、スコアが低下することも、十分に考えられる。
そして、紙とPDFの比較は唖然とする。紙でみようが、PDFでみようが、見ている内容は、アナログであって、同じではないか。紙なのかディスプレイなのかの違いだけだ。ただ、とくに大人は紙に慣れていることが、安心感を生むことがあるだろうし、紙だと書き込みやアンダーラインをひけるので、確かに理解や記憶にはよい面がある。しかし、それも、PFDに慣れて、書き込みができる状況で読めば、紙と変らないし、パソコン上で読むということは、読んでいて、調べたくなったことがあれば、すぐに検索にかけて、調べることができるから、逆にPDFのほうが理解にとって有利であるともいえる。紙のほうが、脳にとっていいのだ、などということは、まったく根拠のない俗説である。それを「科学的」という名前で書いていることに、呆れてしまう。
確かに、世間には、スマホ依存症的な人もいるだろう。しかし、こういう議論では、依存症状態から脱出させることは難しいのだと思う。とくに子どもの場合には。本当に科学的、かつ実践的な研究をもとに、スマホ等の適切な使い方、あるいは依存症からの脱出の方策を考える必要がある。