ひきこもり支援施設を提訴 支援施設を認可制にしたらどうか

 ダイアモンド・オンライン2020.10.25に「ひきこもり自立支援施設の手法は拉致・監禁、元生徒7人が初の集団提訴」(執筆加藤順子)という記事が出ている。検索してみると、この手の訴訟は、けっこうあり、集団提訴が初めてということのようだ。
 提訴されたのは、ひきこもりや無職の状態にある人の自立支援施設である「ワンステップスクール」を運営するセンターとスタッフである。代表理事の広岡正幸氏は、テレビに何度も出演し、市議選にも出馬したという。当選はしていないが、そういう権威者になることを恐れて、提訴に踏み切ったということだ。
 広岡氏のテレビ出演のビデオは、youtubeにたくさんあるので、いくつかを見てみた。まだ30代の青年で、10代のころには、問題を起こしたり、矯正のためにニュージーランドでホームステイしたりという、多彩な人生経験があるようだ。映像では、ひきこもりの人がいる家に広岡氏がでかけ、直接いろいろと当人に語りかける。その語り口は、とてもやさしく、決して乱暴な感じや、強制的につれだすというものではない。もちろん、テレビとして放映するわけだから、以前ならあったかもしれないが、今どきは、強圧的に威嚇してつれだす場面などを写したら、直ちに問題となってしまうから、撮影のときには、優しい雰囲気を特別にだしていたのか、あるいは、多くの場合そうなのかは、わからない。ただし、語る内容から判断する限りでは、非常に正当で、説得力のある話を、じゅんじゅんと説いているし、押しつけている雰囲気もない。

 さて、ダイアモンド・オンラインの記事を整理しておこう。
 提訴したのは、20代から40代の男性7人で、元施設の生徒である。施設は寮生活をし、職業訓練の場もある。家族の依頼を受けた男性スタッフが、予告なしに訪れて、そのまま寮に連れ出す手法で、ピックと呼ばれているそうだ。7人の内5人が脱走を試みたり、あるいは、一人は、精神科病棟に医療保護入院をさせられたと書かれている。
 2016年3月21日にビートたけしのTVタックルで扱われたときに、広岡氏が、40代引き籠もり当事者の部屋のドアを素手で叩き壊し、「降りてこい」と怒号を浴びせた上、抵抗を続ける本人を7時間に渡って説得した場面を放映して、批判が高まったという。その後批判がおさまったあたりから、再び広岡氏のテレビ出演などが再開されたようだが、元生徒や元スタッフによると、施設には監視カメラやセンサー付き警報機などが多数取り付けられ、金銭、身分証、通信手段などを取り上げられたままの寮生活で、スタッフや親の意向に従わなければならないと書かれている。
 
 グーグルで検索すると、同じような訴訟はいくつも出てくる。2019年に、千葉の女性が東京新宿の施設に無理やり入れられ、鍵付きの部屋に閉じ込められてショック症状となり、救急搬送された。そして提訴。施設側は、争っている。2020年6月には、神奈川県の男性が、新宿の「あけぼのばし自立研修センター」を経営する「クリアアンサー」の9人を訴えた。他にも多数あるようだが、2018年以後相談が増えているという。他方では、2019年に川崎や練馬で起きたひきこもりに関連する殺人事件が、引き籠もり問題解決の難しさを、強く感じさせてきている。
 この問題は、単純に考えることはできない。何より難しいのは、最初の出発点は、親が業者に依頼するところから始まる点である。子どもの場合は別として、提訴しているのは、いずれも成人だ。従って、年齢上は親権の監督下にはない。法的には、親は子どもの住居を決めることはできない。かなり前に、似たような事例として有名になった戸塚ヨットスクールの場合には、スクールに入れられたのはほとんどが未成年で、当然親がそういう権限をもっていると考えられていた。だから、戸塚ヨットスクールが刑事事件になったのは、あくまでも生徒の一人が死んでしまったことが原因だった。死亡事件がなければ、かなりの酷い抑圧があったにしても、当時の社会意識からも、裁判沙汰になることはなかっただろう。
 その後虐待などに対する厳しい見方が浸透したことも、民間の矯正施設に入れられ、そこで酷い待遇を受けたことに対して、提訴が行われる背景になっているだろう。
 では、このような成人の場合、親は子どもを監督し、扶養する義務があるのか。民法877条は、「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。」と規定している。これは先進国としては珍しい相互扶養義務なわけだが、この条文を常識的に考えれば、親に経済力があり、子どもに経済力がなく同居していれば、親に子どもに対する扶養義務があると解釈できる。扶養義務があるとすれば、これまた常識的に、成年に達していても、親権に相当する権限が親に付与されていると考えるのが妥当だろう。そうすると、親は、ひきこもりの子どもを、たとえ成人であったとしても、矯正施設に入れる権限があるということになる。そう解釈できるからこそ、親の要請で、施設側は、ひきこもりの人をつれていくことになるのだろう。そうすると、親が施設に対して、ひきこもりを治すように依頼するわけだから、施設側としては、必要なら監視するし、逃げられたら親との契約を果たすことができないから、拘束することになる。親の要請といっても、契約内容まで触れている報道はないので、監視カメラでの監視や拘束まで契約内容に入っているとすれば、施設としては、提訴されるのは不本意だろう。もちろん、人間を奴隷的状況に拘束することは、基本的人権に反することだから、いかなる契約があったとしても、許されないだろう。この場合、本人は同意していないのだし、親との契約だから、本人が離脱できないので、「部分社会の法理」も適用されないはずである。
 もし、扱いが反人道的であるという理由での提訴であるならば、それを求めた親も提訴の相手にするほうが、論理的には自然だろうと、私には思われるが、さすがに当人や弁護人は、それを回避したいのだろう。
 
 こうした問題は、もちろん訴訟で解決するわけではない。提訴した理由は、理不尽な扱いを施設がしないように働きかけるためだろう。しかし、ひきこもり関連の施設のトラブルの記事を読んでいると、トラブルが起きる大きな要因のひとつとして、こうした施設が法的に制度化されたものではない、つまり、法内施設ではなく、法外施設であることがあるように思われる。法外施設だから、無認可であり、当然、公的補助はない。すると、依頼主からの礼金と、訓練施設における労働の成果としての売り上げという、あまり多くを期待できない資金で運営するしかない。そうすると、どうしても、十分に面倒をみることができる人数以上を施設内に抱え込むことになるのではないだろうか。広岡氏のビデオでも、小さな部屋に4人が二段ベッド2つおいて暮らしていた。監視カメラや拘束なども、人手が足りないから生じる措置のような気がする。
 ビデオでみる広岡氏は、確かに非常に合理的で、納得させながら進めていたし、相手の気持ちをくみ取ろうとする姿勢に終始していた。だから、その気になれば、かなりの専門的力量を発揮できる人なのだろう。しかし、広岡氏の施設は、抗議も多いと報道されている。結局、よく知られているので、人が集まる。資金が必要だから、たくさん引き受ける。十分なケアができない。そういう悪循環となっている面があるのではないかと面輪さるをえない。成人のひきこもりが数十万人いるというのは、やはり、社会が真剣に取り組まねばならない事態である。
 家庭で親が対応できないから、解決しないまま年月がたつのだろう。やはり、専門家がいる施設が必要だといえる。そして、過度の依頼者の経済的負担とならないように、公費援助と、専門家としての資格を創設する必要があるのではないか。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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