国際社会論ノート 慰安婦問題を考える1

 国際社会論で初めて慰安婦問題を取り上げた。これまでも取り上げようとはしたが、難しい点が多数あるので避けてきたのだが、最後の講義であるし、史上最も険悪な日韓関係という状況でもあるので、取り上げてみた。既に講義はしたが、考えれば考えるほど難しいと思う。どういう立場にせよ、積極的に関わっている人たちは、強烈な信念をもっているのだろう、考える枠組みが強固になっており、そのために、議論が噛み合わないまでになっている。
 端的な例は、慰安婦問題など存在しないという立場に近い、日本のある人たちは、「半島で軍隊が強制連行したか否か」が唯一の問題であると設定している。そして、「強制連行」の唯一の吉田清治証言が、でっち上げであったことが明らかになった以上、慰安婦問題そのものが存在しないのだと主張する。他方、慰安婦は性奴隷であったとする人は、吉田証言が虚偽であったとしても、実際の慰安婦は奴隷的状態に置かれていたのだし、国家が関与したことは明らかなのだから、謝罪・賠償すべきであるとする。この最も距離のある主張の間には、一つ一つ論点を検証して、どちらが正しいかという議論そのものが成立しないような構造になっている。慰安婦問題が政治的問題になればなるほど、このふたつの立場が前面に出てくることになり、政治的対立として現われる。
 講義のために、かなりの文献を読んだが、双方の立場は、それぞれ、まったく異なる次元で意見を述べており、双方の見解をきちんと吟味し、分析しているのは、秦郁彦氏くらいしか、私には見当たらなかった。従って、慰安婦問題を解決していくために、最も困難な点が、このコミュニケーション不成立という点にある。
 しかし、やはり、冷静にどのようなことが問題となる論点なのかを設定して、検証していく作業が必要だろう。そこで、いくつかの論点を設定してみた。
1、慰安婦募集の形態に国際法違反はあったか。
 現在では、軍隊の者が直接力ずくで女性を連行して、慰安婦にしたという例はなかったとする論者は、朝鮮半島に限定して、つまり、慰安婦問題を日韓関係の政治的文脈だけで考えている。インドネシアの植民地支配者であったオランダ人は、日本のインドネシア制圧によって、多数が捕虜となったが、女性を強制的に慰安婦にしたことは、記録に残っており、戦後バタビア裁判で多くの日本人が有罪判決を受けたことで、否定しがたい事実とされている。慰安婦は、日本人や朝鮮人、台湾人だけだったわけではなく、中国人や東南アジアの女性が慰安婦とされたわけだから、どのような形態で募集されたのかは、広い範囲で検証される必要がある。
 日本軍は、かなり国際法に抵触しないように気を配ったとされるが、それは、未成年を慰安婦にしないという配慮だった。しかし、未成年がいたことは、事実のようだ。
 慰安婦否定派(慰安婦問題などなかったという立場)は、自発的に商売として応募したのだと主張するが、確かに日本人の少なくない部分はそうだったとしても、また、東南アジアの女性たちにそういう人たちがいなかったわけではないとしても、そもそも「自発的」の意味が、現代人が自発的に職業に応募するものとは、同じようには考えられないし、また、借金のため仕方なく応募したり、詐欺的な募集にひっかかった者も少なくなかったろう。
2、慰安婦は奴隷的な状態だったか。
 「性奴隷」という言葉が、クマラフワミ報告に使用されているが、これは、戸塚悦朗氏が積極的に使用を働きかけたようだ。
 慰安婦否定派は、慰安婦は商売として行っており、末端の兵隊などよりずっと経済的にも豊かであり、休日などもあったから、けっこう優雅にやっていたという極端な見解もあるが、しかし、当初そういう事例があったとしても、日本の戦局が厳しくなり、戦死者が多くなった戦場で、慰安婦が優雅に暮らしていけたはずはなく、そうとう悲惨な状態に陥ったはずである。ただ、そういう中でも、慰安婦は兵隊たちのために仕事をしていたのだから、奴隷のように扱っていたというよりは、可能な限りで大切に扱っていたと考えるほうが合理的だろう。
 「性奴隷」という言葉は、私は違和感を感じている。権利や人格が侵害されていたから、救済が必要だという観点があるとしても、侮蔑的なニュアンスを拭えない。
3、報酬は支払われたか
 否定派は、けっこうな報酬が支払われたのだから、早々に借金を返して、優雅にやっていたというが、実際にそうした慰安婦がいたとしても、それが多数だったとは、私には思えない。いたとしても、まだ、日本が勝っていた時期だろう。報酬は確かに支払われたが、軍票が使われていた。敗戦濃厚になったり、あるいは戦後帰国した場合など、紙切れになってしまったわけだし、また、お金にかえることができても、極端なインフレのために、貨幣価値がほとんどなくなってしまった人たちも多いとされる。特に、日本人以外の女性にとって、軍票を彼女らが使用できる現金に換金することは、容易だったとは思えない。(以下続く)
4、日本政府は現在賠償を支払うべきか
5、違反者が罰せられるべきか

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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