内閣空白は、どれだけ長引くか

 首相を決める国会は、当初は10月15日に開かれるとされていたが、現在は21日に開催予定となっているようだ。しかし、ほんとうに開かれるかどうかは、まだ確定的ではないように思われる。しかし、このように、自民党の総裁が、首相になることが確実視されないために、国会開催が延びたということは、日本においてあるのだろうか。
 ただ、このことで思い出すのは、1993年に行われたオランダでの総選挙のことだ。当時、私は、海外研修ということで、一年間オランダにいた。そして、日本とはまったく違う総選挙が行われたので、非常に興味深くみていた。
 ことの起りは、1992年、前年に結成されたフォルタイン党の党首が、破竹の勢いで党勢を伸ばしていた。外国人移民の排斥を主張するポピュリズム政党の走りの存在で、オランダでは選挙戦が、党首討論を中心として行われるのだが、フォルタインは討論に抜群の能力をもっていたらしく、既成の党首たちをなぎ倒す勢いだったらしい。ところが、総選挙直前にフォルタインが暗殺されてしまった。オランダでは400年間なかった政治的暗殺だった。同情票を集めたこともあって、フォルタイン党は第2党となり、当然連立政権に入った。ところが、党首がいなくなって、まったく素人議員たちなので、とんでもない行動をとって、醜態を晒し続け、とうとう第一党だったキリスト教の政党が、彼らを追いだすために議会を解散し、ふたたび総選挙になったのである。
 選挙戦については、前に書いたので、省くが、驚いたのは、選挙後のことだ。醜態をさらしたフォルタイン党は当然議席を減らしたのだが、それでもけっこうな議席を獲得していた。ところが連立相手にはならないから、より少ない議席の政党と組まねばならない。それがなかなか合意に至らないのである。選挙は1月にあったと記憶しているが、結局、内閣が成立したのは、5月になってからだった。それまでは、選挙前の内閣が、実務をになっていた。日本にあてはめれば、石破政権があと4ヶ月ほど続くというような状況だ。
 とにかく、驚いたのは、そうした選挙結果を反映しない、前の内閣が政治を行っていても、とにかく、非常事態のようなことは起きず、別にそれは異常な状態ではないかのように、政治が進行していたことだ。長年、政党間の協調政治が行われていたオランダの特殊事情かもしれないが、政治の安定のひとつのあり方なのかも知れないと感じたものだ。
 石破自民党総裁が辞任を申し出て、自民党総裁ではない首相が、ここまで政治を実行しているのだが、日本が安定した社会である証拠なのかも知れないが、他方、危機的状況にあるにもかかわらず、国全体としてそれを認識せずに、安眠を貪っているのかも知れない。

投稿者: wakei

2020年3月まで文教大学人間科学部の教授でした。 以降は自由な教育研究者です。専門は教育学、とくにヨーロッパの学校制度の研究を行っています。

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