フルトヴェングラー バイロイト第九 やはりEMI盤が本番だ

 またまたフルトヴェングラーのバイロイトネタで、我ながらしつこいと思うのだが、最近、この問題は、情報の信頼性、情報と事実の関連の吟味という点で、非常にいい材料だと気づいたのである。そこで、更に拘ってみた。つまりメディアリテラシーのチェックということになる。
 前回の最後に触れたが、もしEMI盤が本番ではなく、ゲネプロであるとしたら、フルトヴェングラーの追悼盤としてバイロイトライブ演奏をレコードにするにあたって、なぜ、本番ではなく、ゲネプロを採用するのかという疑問は、強く残る。両方の録音をもっていて、わざわざ本番を採用しないとしたら、かなりの理由があるはずである。ルツェルンの第九を追悼盤にしなかったのは、EMIの担当責任者であるレッグの夫人であるシュワルツコップが反対したからであるということになっている。それを信じるしかないから、その前提で考えると、やはり、シュワルツコップが本番の採用に反対したという理由が、まず思い浮かぶ。それで、再度、EMI盤とバイエルン盤の両方をかなり注意して聴き比べてみた。ただし、シュワルツコップのチェックが目的なので4楽章のみ。

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フルトヴェングラー バイロイトの第九(コメントへの回答)

 ハンスリックさん、コメントありがとうございます。また、貴重な情報、参考になります。
 ところで、拍手ですが、ゲネプロがどのように行われたかは、厳密にはわかりませんが、戦後の最初のバイロイト音楽祭ですから、準備等がかなり大変だったろうし、大規模な音楽祭ですから、集まっているひともかなりたくさんいたはずです。また、メディアなどの取材、録音スタッフなど、音楽関係ではないひとたちも。ゲネプロを一般公開しなかったとしても、本番を聴けない関係者たちが、ゲネプロにはたくさん聴衆としていたと考えるべきでしょう。そして、いざというときのためにゲネプロをちゃんと録音することになっているのですから、実は本番の演奏会と同じような形式で行われたと思われます。私自身、ゲネプロと本番の両方を聴いたことが2回あります。いずれも小沢征爾指揮のサイトウキネンフェスティバルで、「ファウストの劫罰」と「ロ短調ミサ」でした。行われた形は、ゲネプロも本番もまったく同じでした。更にゲネプロだけのときもあり、ベートーヴェンの交響曲でしたが、演奏が終わって拍手するところまでは、通常の演奏会と同じでしたが、そのあとで、「本日は稽古なので」と小沢さんが断って、そのあと20分程度の練習をしていました。つまり、拍手や足音があるのは、本番でもゲネプロでも同様なのです。ただし、演奏後の拍手は、本番のほうが多いのではないかとは思いますが。EMI盤も前後の拍手がありますから、決め手にはなりません。

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フルトヴェングラー、バイロイトの第九 スウェーデン放送協会盤登場

 スウェーデン放送協会に所蔵されていた、フルトヴェングラーのバイロイト第九が発売されることは、事前に大きな話題となっていた。そして、発売された。しかし、期待ほどにレビューが書かれていない。たくさん書かれるはずのレビューをまって、それを読んでから書くつもりだった。私自身は、購入する意志はなかったし、実際に購入していない。というのは、スウェーデン放送協会が放送したとされるものの録音なのだから、バイエルン放送協会のものと同じであることは、ほぼ予想がついたし、そうでなくても、録音されたものはゲネプロと本番の2回しかないのだから、バイエルン盤と同じでなければ、EMI盤と同じということになる。両方もっているのだから、どちらかと同じであるかを確認すればいいわけで、かなり高価でもあり、買おうとは思わなかった。ただ、特に、EMI盤が本番であるとする平林氏が解説を書いているということで、その趣旨を踏まえたレビューがあるかと思っていたのだが、まだないので、とにかく、これまで何度かこの話題について書いてきた身としては、現時点での考えを書く必要を感じている。

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ブルゴスのベートーヴェン交響曲

 ベートーヴェンの交響曲全集はいったい何組あるのかわからないが、どれがいいかは、完全に個人の好みの問題だろう。私自身は、カラヤンの1970年前後の映像バージョンが好きだが、ただしそれは演奏だけのことで、映像は周知のように、完全に「実験」という感じの撮影だったと思われる。もっとも、現在のヨーロッパのオーケストラのライブ映像などの手法に大きな影響を与えているように見える。空中からとったり、楽器をアップで映したり、カメラが移動したりなど。いかにもカメラ撮影者を意識させるような撮り方は好きではないのだが。
 しかし、演奏はすばらしい。

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クライスラー「美しきロスマリン」聴き比べ 髙木凜々子に共感

 今や押しも押されぬ大バイオリニストである五島みどりを、はじめて聴いたのは、15歳のときに日本で行ったリサイタルを、NHKが収録して放映したものだった。既に、音楽雑誌で紹介され、「五島みどりが京都で、ブラームスの協奏曲を弾いた」というような記事が出ていたのだが、まだ子どもなのにそんなに騒ぐのか、と思っていた。しかし、NHKの放送を見たときには、心底びっくりした。これが15歳の演奏家か、と。大人の演奏としても、唖然とするほど見事なものだった。そして、そのなかでも感心したのが、クライスラーの「美しきロスマリン」だった。それまでに、他の演奏でいろいろと聴いていたが、こんなに素敵な「美しきロスマリン」は初めて聴いたと思った。そして、音楽雑誌の評で、だれかが、五島みどりの「美しきロスマリン」を特別にすばらしかったと評価していた。早速、家にあったパールマンの演奏を聴いてみたが、何かつまらないのだ。あまりに整い過ぎた演奏だ。この曲では、控えめだが、自由にテンポが動くこと、あくまでも軽やかであること、そして、妙な強調をせずに、自然な躍動感があること、そして、上品であること、などが必要だ。テクニックはそれほど難曲ではないのだろうが、表現が非常に難しい。五島みどりの演奏は、それをすべてもっているように思った。

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ふたつのバイロイト第九 根拠と証拠について

 徳岡直樹氏によるフルトヴェングラー、バイロイト第九の検証youtubeに対して、私は二度に渡って議論を呈したが、それに対してコメントがついた。コメントの趣旨は、根拠と証拠が乏しく、「~~と思う」という書き方が多すぎるということだった。証拠はないが、根拠は書いてある、そもそもこうした話題は、主観的なことがほとんどで、徳岡氏も同様だという回答だ。一応返事はしたが、もう少しつっこんで整理したいと思う。
 こうしたことにあまり興味のない人には、何やってるんだと思うだろうが、ベートーヴェンの第九交響曲最高の名演奏といわれるフルトヴェングラーの第九、しかも、もっともよく聴かれる1951年、バイロイト音楽祭再開の冒頭の日に演奏された録音には、ふたつの異なった録音があるとされている。両方とも同じ日付の演奏となっているのだが、明らかに異なる演奏である。しかも、EMI、バイエルン放送協会のテープによってオリフェオという企業が発売しているもので、フルトヴェングラーの演奏であることを疑う人はいない。これらの演奏には、当初からさまざまな逸話がつきまとっていた。

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フォン・オッターのカルメン

 ずいぶん前に購入したが、視聴していなかったフォン・オッターの「カルメン」を全曲視聴した。きっかけは、オッターのカルメンではなく、指揮のフィリップ・ジョルダンが指揮をしていることに気づいたからだ。ジョルダンは、ウェルザー・メストが退任して以降、しばらく空席だったウィーン国立歌劇場の音楽監督に昨年からなった人である。例にもれず、コロナ禍に見舞われて、まだ十分に活動しきれていないと思われるが、今後活躍してほしい人だ。youtubeで、マーラーの1番の日本公演の映像をみて、ずいぶん細かな表情付けをする人だと思ったが、なかなかよかったので、このカルメンを見る気になったわけだ。

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オーケストラ録音の分離・位置感覚

 ブルーノ・ワルターのコンプリートを購入した友人と、録音の話になった。彼は、おそらく音に拘る人で、再生機器をいいものをもっていて、いろいろと調節しながら聴いていて、バランスなどを自分好みに調整するようだ。私は、そういう音感覚を全くもっていないし、そもそも調節できるような機器ももっていないので、音を調整したことは全然ない。ただ、自分のもっている機器にCDやDVDをかけて聴くだけだ。
 他方、私は、市民オーケストラで演奏しているので、実際のオーケストラがどのように響くのかを自分なりに体験している。コンサートホールは、聴く席の位置で相当違う音が聞こえるものだが、実は、舞台上でもその位置によって異なる。一般に中心、そして、前のほう位置するほど、全体の音が、個別的に分離して聞こえるが、後ろのほうにいくほど、前の音が聞こえにくくなる。金管楽器の人たちは、自分が吹いている間は、弦楽器の音は、あまり聞こえていないのではないだろうか。私はチェロだが、チェロは楽器群は、曲や指揮者によって、位置をずいぶん変える。だから、となりの音が変わるし、また、後ろに位置する楽器も変わる。だから、いつも異なった音を聴きながら演奏しているのだ。

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クライバーの「カルメン」の音

 カルロス・クライバーのカルメンのDVDは、カルメンの代表的な名盤のひとつだ。しかし、以前からずっと問題になっていることがある。それは、「音」である。とにかくあまりに音が酷いという評価が定着している。私自身は、そんなに酷い音だとは思っていない。あの音は、オーケストラピットのなかで聞こえるような音に近いのだ。だから、オンマイクで拾った音をそのまま記録したような音だ。私は、市民オケをやっていて、練習会場や舞台で聞こえる音に近いので、特に違和感はないのだが、あのような生の音が商品としての「録音」として登場するのは、めずらしい。
 もうひとつの不思議な現象だと思っていたのは、あの映像は、日本では最初にNHKのBSで放映されたと記憶する。私もそうだったが、VHSのテープに録画して楽しんだものだ。この放送で、クライバーの人気は日本で一気に高まった。そして、このテープは何度も見直した。そして、そのときには、非常に自然な、つまり、ウィーンフィルの録音として聞き慣れた、つまり、デッカの録音で聞き慣れた音に聞こえていた。それが、DVDの登場で、まったく違う響きがしていたので驚いたわけだ。NHKの放送を知らない人は、DVDで初めて知ったわけだから、確かに、酷い音に聞こえたに違いない。このカルメンの市販されたものは、日本ではクライバーの死後に現れたので、そのころに出ている通常の録音や録画と比較すると、とてもいい録音とは言い難いのだ。実は、NHKとDVDの間に、CSのクラシカ・ジャパンでの放映もあり、それも録画したのだが、その音は、あまり印象がないのだ。NHKに近かったような記憶があるのだが、あまり意識しなかった。とにかく、DVDが出たときにびっくりしたわけだ。どうして同じ音源のはずなのに、これほどまでに違うのか、ずっと不思議に思っていたのだが、これが最近、原因がわかった。

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実際に聴いたライブのCD 普門館のカラヤン

 録音された音楽が市販される場合、ライブの録音とスタジオでの録音があるが、実際にライブで聴いた演奏を、市販のライブ録音で聴くことができる機会はあまりない。実は、初めて自分が聴いた音楽会のライブCDを聴くことができた。それは、1977年普門館でおこなわれたカラヤンの、ベートーヴェン演奏である。私は、まだ大学院生で、結婚して間もないころだったが、カラヤンのチケットがとれそうだというので、思いきって2回の演奏会を申し込み、首尾よく入手できた。普門館のときだから、とれたと思う。とにかく5000人は入るらしい大きな会場で、そのために、チケット代も安く、数も多かったからである。聴いたのは、第一日目の一番と三番英雄、そして最終日の第九だった。しかし、40年以上前のことであるだけではなく、なんといっても、ばかでかいというしかないホールで、英雄のときは、まるで、外野席の一番上から野球の試合をみているような感じで、ベルリンフィルという世界一のオーケストラの音などは、まったく味わえないような席であった。カラヤンを聴いたという感動は、まったくえられなかった。だから、演奏については、遠くでやっているなという程度のもので、ほとんど覚えていないのだ。FM東京で放送したらしいが、当時はテレビもラジオもないときで、まったく知らなかった。
 数年前、このときのライブ録音がCDとして発売されたが、えらく高かったし、またカラヤンのベートーヴェンの全集は何組ももっていたので、購入せずにきた。多少安くなったのと、リマスターされたというし、いま買わないと入手できなくなるとも考えて、先日買ってみたたわけだ。

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