オランダ人による日本人の殺人  2003.2.4

 日本でオランダ人が日本人の高齢者を殺害する事件が起きました。オランダにいる私よりも日本にいるみなさんの方が情報に詳しいでしょうから、何かその後の進展があったら教えてください。
 日本の新聞ではあまり理解できないような記述だったと思います。オランダの新聞にも報道されたようですが、それを直接見ていないし、検索にもかからないので、こちらの報道は知人からの受け売りです。
 まず日本の報道ですと、来日したばかりのオランダ人が知人の家を訪問したが、そこで荒れてしまったので、その知人が110番し、警官が来たが、おさまったのでそのまま帰った。そして、そのオランダ人が知人の家を出て、その途中で目が合ったという理由で、85歳の女性をローラースケートで殴り、病院に運ばれたが死亡したというものです。
 これではなんのことはよくわからないと思います。
 オランダでの説明によると、彼は日本で働いていたことがあり、そこで日本人女性と結婚し、子どもがいた。離婚してオランダに帰国し、別の仕事を始めたが、子どもに会うために毎年来日していた。今年も子どもに会うために行ったが、会うことを拒否されたので正気を失い暴れた、というようなことのようです。その「知人」というのが、分かれた元夫人であったかどうかは、わかりません。たぶん子どもはその場にいなかったのでしょう。

 いくらなんでも、それでまったく無関係の女性を殺害してしまうというのは同情の余地がないわけですが、ただ、元夫婦の感情の行き違い、つまり文化的な相違については理解しておく必要があるような気がしました。
 つまり、よく言うように、日本の夫婦は子ども中心で、欧米では夫婦中心だ、という。そう単純ではないでしょうが、ただ、漠然と、離婚のときなどは、確かにそうなのだなあ、と思います。日本の場合には、子どものために、かなり相手に不満があっても我慢する傾向があります。しかし、そうした我慢は欧米では弱いように感じられるのです。相手とともに生活できないと感じるとまず離婚し、子どもの問題はそれから考えよう、と。したがって、欧米の場合には、離婚してどちちかが子どもを引き取るにしても、定期的に会う権利などを認めたり、あるいは曜日ごとに夫や妻の家を往復したりするわけです。これも地理的な問題が解決できていればの話でしょうが、そういうやり方が少なくとも例外的ではないわけです。
 しかし、日本の場合にはぎりぎり子どものことを考えても、なお分かれるということになると、子どもへの感情も含まれることになり、多くの場合は母親が子どもを引き取り、当然経済的に大変ですから、子どもを捨てて出て行った夫というような感情的思いが発生する可能性があります。
 そうした場合、出て行った夫が子どもに会いたいといっても、それを認めないというのが、まあ普通の感情でしょう。
 統計的にどうであるかはわかりませんが、一般的にはこのように言えるでしょう。
 
 そうすると、そのオランダ人から見ると、会いに行くのは当然であり、かなりの費用と時間をかけて会いに行くのだから会える、会わせるのが当然ではないか、ということになる。1年ぶりにわざわざ遠くオランダから子どもに会いにきたのに、会わせないとはなんだ、と我を忘れてしまった。しかし、母親からすれば、自分と娘を捨てて、母国に帰ってしまった男、なぜ彼が娘に会いにくるのか、という否定的な感情を抑えることができない。とりあえず、オランダから来たのだから、と何度かは認めたけど、いよいよ拒否的感情が抑えられなくなった、ということではないかと思うのです。

 ここらの行き違いが文化的背景から生じて、悲劇の原因となったとも言えるのではないでしょうか。