オランダという社会(4) 教育の自由の再検討? 2002.11.10

 オランダが柱社会であったこと、そしてそれが教育など一部を残して消滅しつつあることを、前回述べました。そして、またイスラム系住民の増大によって曲面が変わっていることも。
 この点が、今もっともオランダ社会が矛盾として抱え込んでいる点であることは、多くの人が気づいているために、テレビの討論番組などでもさかんに議論されています。

 簡単に説明しましょう。
 オランダでは、「教育の自由」が憲法23条で認められています。これは、私の「国際教育論」のテキストに説明がありますので、興味のある人は読んでください。
 19世紀から20世紀初頭にかけて行われた学校闘争において、宗教学校側が国家に対して、公立学校と同じ財政的基盤を認めさせたことによって、現在の基本的なオランダの教育制度の仕組みができました。オランダでは、公立学校と私立学校とでは、事実上ほとんど違いがなく、教育的な違いといえば、私立学校では宗教教育を前面に押し出す教育が可能になっているという点でしょう。運営主体に相違がありますが、生徒たちにとっては、大きな問題ではありません。
 こうして、オランダの寛容が教育の自由を支え、異なる宗教であっても、寛容によってその存在を容認するということが根付いてきたわけです。それがもっとより広範な社会的組織にひろがって、柱社会が形成されてきたわけです。
 しかし、柱社会は、一方で国家的なまとまりを軽視することでもあります。
 私の最初の専門は、「統一学校運動」だったのですが、この統一学校運動というのは、オランダで学校闘争が行われた時期に行われた、やはり同じ「学校闘争」だったのです。しかし、その目的は異なりました。多くの国の統一学校は、むしろ宗教的に文化した学校体系を辞める方向を目指しており、むしろ分化した学校を世俗的な国家の学校として統合していくことを目指したものでした。
 そして、小学校の統一を実現し、中等段階の前期過程を統一するのが、ヨーロッパでは1,960年代になります。しかし、オランダはこの道を通りませんでした。1,985年に、現在の教育制度に修正されたのですが、このときに、中等学校は、統一学校の形態をとらず、古い格差つけられた学校が併存する体制を温存したのです。
 このことが、もちろんオランダの古さを示すものではないのですが、国家的に統一された教育よりも、それぞれの「観念」にしたがって、別々の教育を受けることを許容する道を選択したことは事実です。
 ただ、他方で、柱社会が崩れていったということは、国家による指導が強化されていったことと密接な関係があります。85年の改革のあと、専門的な指導を行う国家機関がいくつも作られ、統一的な試験や教材開発などが始まっています。そういう意味で、国家的な指導は、専門的な知見に基づいておこない、個人の価値観はあくまでも大切にする制度を、うまく調和させてきたのが、80年代から90年代の初めころだったのでしょう。
 しかし、増大するイスラム系住民は、この体制の矛盾をいやが上にも表面化させてきたように思います。
 宗教的に分かれて学校が存在しているといっても、やはりキリスト教という共通の基盤の上でのことでした。しかし、イスラム学校、ヒンズー学校となると、まったく異なる様相を呈するように、キリスト教徒からは見えるのでしょう。
 まず、言葉が違うという問題があります。オランダの学校ですから、もちろんオランダ語を教え、オランダ社会に適応させる教育が行われているわけですが、宗教教育は、アラビア語等で行っているという学校がわずかながら存在するようです。そうすると、その曲面だけ見ると、非常に非オランダ的教育を行っており、オランダ社会への統合を拒否するように見えるわけです。

 日本ではほとんど考えられないことですが、正規の学校でありながら、宗教的な理由で入学を拒否できることになっているのです。実際には、キリスト教系の学校では、カトリックの学校が、カトリック教徒であることを入学の条件などになることはありません。前にも書いたように、プロテスタントの親の子どもが、教育的にはカトリックがよいというような理由で、カトリックの学校を選択することもあるわけです。そして、それをカトリックの学校が拒否することは、まずありません。

 ところが、イスラムの学校となると、まずキリスト教徒が、イスラム学校を選択するということは、今の雰囲気ではありそうにないことです。したがって、拒否するまでもなく、イスラム学校では、極めて濃厚なイスラム教育が行われることになります。

 そうして、とうとうなのか、改めてなのかは、わかりませんが、11月9日付けの新聞に、D66という政党の議員が、憲法23条の見直しを提言するまでになっています。
 つまり、単純化すれば、宗教学校を認めないということです。宗教教育を否認するという意見ではないようですが、宗教的な容認を入学の条件とするような学校は認めないということで、これは明らかに憲法に反する考えになります。20世紀初めの規定なんだから、見直しは当然という意識なのでしょう。
 ただ、1世紀近く定着してきた規定を見直すというのは、かなり意識的に抵抗があるらしく、労働党ですら、それには反対の意見を表明しています。
 現在の政権政党はキリスト教系ですので、当然強い反発を示しています。

 しかし、現在の政権は保守派ですから、国民の統合は重視していますし、そういう意味で、イスラム学校については、強い疑義を表明しています。先日も、3つのイスラム学校が、オランダ社会への統合を十分に実現していない、として、調査し、不十分な結果がでたら廃校にする、などという意見を表明しています。また、外国人が多過ぎて教育できないから、外国人の人数を制限したい、などという希望も表明されています。もちろん、決定ではありませんが、そうした意見が出てくるのは、移民への鬱屈した気分の現れでしょう。

 来年早々総選挙が行われることになっているので、この点はホットな争点になることは間違いないでしょう。
 また、議論のプロセスを丁寧に紹介していきたいと思っています。