411/628 GEC01342 WAKEI オランダ通信42 御無沙汰しています
(19) 93/05/13 05:16
オランダ通信42 御無沙汰してます
ちょっと間があいてしまいました。というのは、この間オランダは小学校が休みで、ドイツに旅行に行っていたのです。日曜日に帰ってきたのですが、その後もすごく忙しく、中々アクセス出来なかったわけです。
ドイツでは音楽三昧の生活をしてきました。音楽狂の私としては、たまらないドイツでした。そういう予定ではなかったのですが。アバド・ベルリンフィル、シュタ−ツ・オ−パ−の魔笛、ベルリン・ドイツ・オペラのカルメンを聞いてきました。ムソルグスキ−大好き人間のアバドの、ムソルグスキ−の合唱曲と、名前を知らない若い黒人のカルメンが、本当に素晴らしかった。
帰ってきて、すぐオランダナショナルバレ−のジゼル、と忙しいといっても、遊びで忙しかっただけなのですが。
それから、ドイツから帰るときは、かなり長い間、180キロでとばしました。まあ始めての180キロで、緊張したけど、フランスのときは、160キロでそうとう揺れたトヨタが、180キロで振動がなかったのは、どうしてか?
感想記はまた次に書きますが、ポツダムの市街地の殺伐とした空気には、ショックを受けましたね。やはり東独というのは、そうとうおかしかったのではないかと。
いくつかログがあって、とりあえず、急ぎ書かねばと思いまして。
白熊さん、転載は自由にどうぞ。私もとても興味のあるテ−マなので、日本に帰ったら参加しようかと思いますが、ここからは無理なので、FENGの人にこちらの論争も読んで貰えたら、と思います。
今は簡単に、ひとつだけ書くと、入試がある以上という論理は、すくなくとも「原則」としては、入試を変える必要があるということを、除いてはいけないでしょう。
私自身大学の教師なので、入試の問題作成に係わるのですが、現在の入試問題というのは、非常に大きな制約で作られているくので、結果としては、とても酷いものです。制約というのは、コンピュ−タ−採点が前提になっているということです。コンピュ−タ−採点のために、問題作成はとてもおかしなものになり、すべての教科で、とても歪んだ問題作成になっています。英語が、コンピュ−タ−採点を前提にしていれば、ひどいことになるのは、自明です。だから、それを前提にした論議(もちろんすぐに変えられない以上、無視することはできないでしょうが)は、やはり問題だと思いますよ。
ただ、これを改めるには非常に大きな発想の転換が必要でしょう。しかし、東大が少しずつ変えはじめていること、また青年人口の減少で、可能になると思っています。
入試を「選抜」としてだけ見れば、どのような問題でも、大きな差はないのですが、入試は子どもの勉強方法を規定する、と考えれば、入試問題が、どのような能力を育てているか、という観点から、入試問題そのものを、どんどん批判していく必要があるのですね。実際に作っている現場にいる人の発言です。
台湾教育コンピュ−タ−事情、面白く読みました。感想はいずれ。ところで、何語でコミュニケ−ションしたのですか。