395/628 GEC01342 WAKEI オランダ通信37 高校生のオペラ
(19) 93/04/26 06:42
オランダ通信37 高校生のオペラ
以前音楽教育に関する質問を、ここでした人がいたと思います。この会議室の人達はあまりそういったことに反応しないようで、それっきりになったようですが、今日、オランダの高校生のオペラ?をみたので、簡単に報告します。もっとも、質問の人が、まだここの会議室を読んでいるかどうかはわかりませんが、まあ、音楽教育は、ここのテ−マとしても意味があるので。
高校といっても、こちらは3・3ではないので、一番良い種類の学校VWOのある学校が、3日間にわたるオペラ公演を行ったのです。もっとも、高校生のものなので、非常に不完全で、30分程度のものですが、いろいろな意味で楽しめるものでした。
ライデンのある高校で、ギムナジウムの生徒によるものです。ギムナジウムというのは、大学に行くことのできる高校の中で、古典を中心に勉強するコ−スで、自然科学を中心に勉強するのを、アテネウムといい、大抵同じ学校に、両方のコ−スが設置されています。まずは、ヨ−ロッパ的な意味でのもっともエリ−ト高校生ということになります。
取り上げた演目は、アイ−ダ。オケ・コ−ラス・独唱・バレ−、一応すべて自前の公演です。
場所はライデンの博物館を使用していました。ライデンには博物館が5つくらいあって、(?)その内の一つの、広いロビ−のような空間を利用していました。オケが左に、中央に舞台、そして、椅子を並べて、びっしりと観客が入っていました。私の住んでいるところにあるVWOはきちんとした舞台と客席のあるホ−ルをもっているので、そこでやるでしょうが、その学校は古いので、そうした施設をもっていないようです。その代わりライデン市内でやっているので、客は入るという利点があります。
この公演の主体は、同校のオケのようで、昨年は普通のオケ公演をしたのですが、今年はちょっと欲張って、学校全体の協力を求めて、オペラ公演にしたというわけです。
始まると直ぐに、ラダメスの「清きアイ−ダ」が歌われ、高い声は出るはずがないので、勘弁して、というような歌い方だけど、とにかく最後まで歌い、その後は、省略しながらも、ランフィスの送り出しの歌とか、巫女の歌などが歌われていました。アイ−ダはバレ−が結構多いのですが、それら適当に女子が気楽に踊っていました。バレ−だけは全部やっていたと思います。そして、圧巻は例の凱旋の場面で、そこでは、多くの生徒が合唱団として参加し、教員たちも勝利を祝う集団として登場し、オランダらしく花をまき散らすなどという演技を行い、例の行進曲では、トランペットが会場を客席まで出て行進しながら吹くという具合で、とても盛り上がっていました。
凱旋の場でお終いでした。
というわけで、もちろん音楽的には、多少オケが聞けるという程度で、後は高校生が一生懸命やっているから、気持ちいい、という程度の公演ですが、少なくともここまでやれる日本の高校はあるか、と考えると、本当に羨ましい感じがしました。
オランダの音楽教育がとりわけ水準が高いとは思えないし、またエリ−ト高校であるが故に可能である面も強いと思うのですが、でも、逆に日本では、エリ−ト高校なら、文化活動そのものに対して、とても否定的な生徒が多いようにも思います。まず学校全体として、このようなオペラ公演に取り組むなどということは、日本のエリ−ト高校では考えられないと思いますが、どうでしょうか。
念のために断っておきますが、こちらのVWOというのは、とても厳しい学校で、一年に3回落第の機会があり、点数が悪ければ、無慈悲にどんどん退学させてしまうのです。だから、オペラに夢中になって成績が悪ければ、退学です。受験がないから、できるのだ、ということは決してないわけです。
それからこちらに来て、始めて知ったことですが、こちらの学校では、学校ごとに教育方針をかなり自由に決めることができるので、いろいろな教育の重点がありますが、音楽教育に力をいれるところは、まずオケを作るのです。学校にブラスバンドがあるという話は、少なくとも現在の時点では、聞いたことがありません。ここが、日本との非常に大きな相違であるように思います。
端的に言って、日本でのブラバンの普及については、私は苦々しい思いをもっています。つまり音楽的能力のある生徒が、ブラバンという音楽形態で、育っていく、あるいは学校教育とは全く関係ないところでのプライベイトレッスンで育っていくということ。後者はここでは関係ないので、触れませんが、前者は日本の音楽教育の非常な問題だ、というのが私の認識です。
もっともかく言う私も、実は中学高校とブラバンをやっていました。だから決して食わず嫌いではありません。
学校関係者が、非常にお金のかかるブラバンを作るに際して期待することは、まず音楽教育のことではないと思われます。それは、運動会の行進や、スポ−ツの試合のときの応援団なのです。もちろん優れた音楽教師がいれば、それにとどめず、音楽的な要素を盛り込むでしょうが、大体の学校関係者の意識が、そうしたスポ−ツ関連であることは、疑いありません。
そもそも、ブラバンという合奏形態は、あまり音楽的ではありません。あれは、なによりも「軍楽隊」なのです。その証拠に、過去の偉大な作曲家は、誰一人としてブラバンの為に作曲していません。
日本の学校でブラバンが、かくも普及しているのは、日本の学校の管理主義的なあり方と、密接不可分であると考えられます。もっと言えば、日本の学校の軍隊的色彩と不可分だということでしょう。学生服やセ−ラ−服が軍隊の服装であることは、誰でも知っていることですが、音楽もやはり「軍隊的」であるのです。
どうすればいいのか、と言えば、端的に、ブラバンではなくオケを作るべきです。
そうすると、ブラバンはまだ易しいからできるが、オケは難しい、などという論議が必ずなされることになります。しかし、私の考えでは、ブラバンの方が、余程無理なことを子どもに強いていると思います。
例えば、小学校ではブラバンはほとんど女子がやっています。小学生の女子がチュ−バなんか吹くのです。この方が余程無茶だと思いますが。
ブラバンに代表されるように、日本の音楽が、音楽外の目的に奉仕してきたことが、以前書いた人が感じている、「音楽教育の出口が見えない」という状況を作ってきたのではないでしょうか。
音楽教育は音楽教育でなければならない、という自明のことを、日本の学校では実践していないのです。そして、私がとても残念に思うのは、日本の学校の管理主義的な要素に批判的である、「民主的」な教師も、この管理的要素であるブラバンに疑いをあまり持たず、(練習に時間を取られるというような批判はするけれども、その音楽的形態への批判はほとんど聞いたことがない)むしろ、本当に音楽的であるオ−ケストラに対して、批判的であるのです。私の住んでいる千葉県では、いくつかの小学校にオケがあるのですが、ある教師が、そのことに非常に否定的にコメントしているのを耳にしたとき、私は本当に失望したものです。
というようなことを感じ、またとても楽しんだオランダ高校生のアイ−ダ公演でした。