387/628 GEC01342 WAKEI オランダ通信32 安楽死
(19) 93/04/09 06:14
オランダ通信32 安楽死について
日本の新聞でも報道されていたので、皆さん知っていると思いますが、オランダでは、2月に「安楽死」に関する法が、下院を通過しました。まだ正式に法として成立はしていないようですが、まず間違いなく成立すると言われています。
オランダ通信も30回を越え、以前書いたことを、正確には記憶していないので、ちょっと書いたかも知れませんが、(書いたとしても)今回は、少し立ち入った新聞の記事の紹介です。
日本でも安楽死の裁判が進行中ですが、同じようなことは、イギリスでもあったそうです。つまり、苦しんでいた患者を安楽死させた医者のやり方を、看護婦が納得せず、警察に告発したので、裁判になったという事例です。その話をしてくれた人の主人は、モルヒネを使うのは、ゆっくり殺すことで、安楽死は早く殺す、という程度の違いなのに、モルヒネは治療で、安楽死は殺人というのは、納得いかない、と話していたそうです。
ところで、この法のことを知って、始めてわかったのですが、オランダは「安楽死」の先進国なのです。図書館で調べたところ、オランダの安楽死に関する研究書がたくさんあり、取り合えず一冊、アメリカ人の研究をコピ−して、今読んでいるところです。その本にも、オランダが安楽死を、もっとも早く、またもっとも多数実行している国(先進国の中で)であると書かれています。
さて、しかし、今回紹介する記事は、多少特異な面をもっています。
4月8日の新聞です。
題は「検察は精神科医に一年を求刑 自殺の援助は無実ではない」」というものです。
事件の概要は、長男を自殺で失い、次男を肺癌で失った50歳の女性が、生きる望みを失って自殺を図ったが死ねなかったので、オランダ安楽死協会(de Nederlandse Vereiniging voor Vrijwillige Euthanasie) を通じて一人の精神科医を紹介してもらい、安楽死を依頼したというものです。依頼された精神科医は、7人の専門家に対して意見を求め、3人の証人の列席のもとに、判断を聞いた。その判断は彼女の苦しみは耐えがたいものであり、医学によって治療できないので、安楽死の実行は否定できないというもので、結局その精神科医による安楽死が実行された。
しかし、検察は、通常の安楽死の基準に当てはまらないとして、起訴したのです。
つまり、オランダでは、暗黙の内に安楽死が認められているのですが、それは、苦痛が見ていられないほどであり、また医学で除去できない。病気そのものが現在の医学では治療できない。本人がはっきりとした意識をもっている時に、その意思表示をしているという条件があります。
実は今回の安楽死法は、そうした実際の習慣を、きちんとした制度として確立し、刑法の対象になる、ならないを明確にする、そして、医師がすべきことを明確にするという意図があるのです。
判決は4月21日に出ると書かれています。事件は1991年です。
さて皆さんは、どう思うでしょうか。
医師たちの意見は、こうです。
その婦人の苦しみは、子どもを相次いで失って、自分一人になってしまった、そういう苦しみは非常に大きなものである。自殺を図った位だから、その大きな苦しみを否定できない。
子どもを失ったことによる苦しみだから、子どもが帰ってこない以上、医学によって治療することはできない。
本人が様々な手段を通じて、誰に依頼するかを選択し、(それに1月かけた)自分で明確に意思表示した以上、本人の意思は明確である。
だから安楽死の通常の条件を満たしている、ということになるのでしょう。
検察の意見もまたはっきりしています。
いくらそれが苦しいといっても、「病気」とは言えない。つまり、「苦しみ」は「肉体的苦しみ」を含んでいなければならない、というのです。
確か一昨年、癌で死んだオランダ人が、生前ずっと自分の様子をビデオで撮ったものを、NHKで放映したと思います。これでわかるように、オランダ人はどうも日本人よりは、はるかに明確に死を意識しつつ、自覚的な生活をすることができる人が多いようです。 したがって、また「死に方の権利」とでも呼ぶべき考えが、出てくるのです。「安楽死」の実行は、明らかに「死に方を選択する権利」として意識されています。
オランダには、「安楽死協会」が存在するのですが、私の知る限りでは日本にはないと思いますが。あるでしょうか。
日本には「尊厳死協会」がありますが、「尊厳死協会」は安楽死を否定していると思います。
ただ率直な感想として、子どもを失った婦人の精神的苦痛を、精神科医が和らげることができないのだとしたら、精神医学って何なんだ、という疑問がどうしても出てきます。 私は臨床心理の非常に強い大学に勤めている、非心理学者なので、普段「臨床心理」なるものに、どうも違和感を感じているのですが、こうした事件をみると、ますます疑問が強くなってきます。
それから、医者に自殺を依頼する、という行動様式が、とても特異なものに感じます。 彼女は服毒自殺を図ったのですが、(どういう薬であるかは、固有名詞なのでわかりませんでした)日本では、服毒自殺は、青酸カリなどを除いて、自殺実行意思は比較的弱いとされています。絶対に死のうと思う人は、あまり薬という手段を取らないわけです。そういう点では、彼女の自殺意思が、本当にどれだけ強いものだったのかは、私としては、この記事で考える限り、疑問なのです。
もしかしたら、自殺幇助の願いによって、もっと違う関わりを、本当は欲していた、という可能性もあるとは思うのですが。
本を読んで、判決が出たら、また報告します。