375/628 GEC01342 WAKEI オランダ通信28
(19) 93/04/01 07:05
オランダ通信28 新たな学校紛争か
確か昨年の秋に、義務教育に関する論争がここであったと思います。実はそのログは、丁度そのとき日本に一時帰国したので、日本でとり、こちらに持ってきていないので、内容を確認することができないのですが、なにかまだ中途半端で終わった感じがしています。何人か書いていたと思うので、出来たら続きをしてほしいと思っています。
選択の自由が論議のひとつの主題だったと記憶していますが、オランダでこの「学校選択」に係わるホットな問題が生じています。
これまで何度も紹介したように、オランダでは基本的に学校選択の自由が保障されているのですが、選択が実質的な意味をもつためには、いろいろなメュ−がないといけないわけですが、しかし、たくさんメニュ−を用意することは、財政的にとても無駄なことになるわけです。
オランダのかなり南部中央のウ−デンというところで、おきている問題です。もっとも、こちらでは教育問題が、継続的に報道されることはあまりないので、少ない情報です。 ウ−デンというのは、カトリックの地域のようで、中等学校がすべてカトリックであるようです。しかし、カトリックの地域といっても、他の宗派や宗教の人も当然いるわけで、カトリックの学校は嫌だという人もいるでしょう。
1987年に、そういう人のために、カトリックの中学の一部を公立学校として運用するという妥協が成立し、今日に至ったようです。因みに以前紹介したように、いろいろな学校種類が、中等学校ではあるのですが、通常いくつかの種類が同居しています。しかし、宗教的に相違する種類の学校が同居している例は、ほとんど聞いたことがありません。 公立学校というのは、自治体が作る無宗教の学校なのですが、その地域には、公立学校がないのです。しかし、カトリック以外の人たちは、せめて無宗教の学校を、と望むので、公立学校が欲しいわけです。もちろんプロテスタントの人たちは、プロテスタントの学校がいいのだろうけど、それは要求が飛躍するので、せめて無宗教ということでしょう。 それでとにかく公立学校のスペ−スがもっと欲しいということで、自治体の学校を監督する部局が、カトリックの学校もすべて含めて管理し、総合的に運用するという案を出してきたのです。もちろんそれは、カトリックの範囲を狭めて、無宗教あるいは、プロテスタントの部分を導入しようという意図が込められているし、また宗教学校と言えども自治体の教育当局が監督するという意図もあります。文部省もそれを基本的に支持しているようです。
当然カトリックは大反対しており、もしかしたら、オランダ全体に波及するかも知れません。
以下新聞の記事の紹介です。
ウ−デンで、CDAの市会議員のP.Rupp(ウムラウト)リュップが、カトリックと公立の中等学校を統合し、RK-Kruisheren-college, RK-Comenius-College, stichting Katholik Beroepsonderwijsを一つの行政組織で統括するという提案を行い、第二の学校闘争という様相を取っている。文部省も是認していて、オランダ全体に波及するかも知れない。
文部次官Wallage(PvdA) へのインタヴュ−
「憲法には抵触しないということですか」
「問題ない。諮問委員会でも討論している。私立化するので、新たな選択が可能になる。」
「一括されたら、カトリックの中等教育を受けたいと思っている者はどうなるのか」
「ウ−デンにはカトリックの中等学校が3校あるが、公立はない。1987年にひとつのカトリックを公立と兼用するようにしたが、それでも希望者からすると少なすぎる。カトリックの敷地に公立を建設するという案をもったが、カトリックは明確に否定した。リュップの案は、管理を一括するということだから、とてもいい。今の状態だと、選択といっても、実は狭すぎる。」
「公立学校を建てるのは、自治体の義務であって、カトリックとは関係ない。自治体の経済状態で、憲法の自由を制限していいのか。」
「そういうことではない。お金の問題ではなく、最適性の問題なのだ。」
「公立と私立が同居しているような教育工場では、アイデンティティが形成されないではないか。」
「カトリック、公立、プロテスタントなどの特別の委員会を設置するので、それは解決できる。我々はカトリックプラス、公立プラスというような水準で考えているのではない。」
「オランダ全体への試験のような位置づけなのか」
「そうだ。われわれは新しい時代の教育を考えねばならない。カトリック全体の反応もみている。」(以上)
オランダでは1920年まで、宗教をめぐって「学校紛争」が争われたのです。それは宗教学校にも公費補助をするかという問題だったのですが、「する」ということで、今日まで来ました。以来、宗教学校と公立学校は費用的に平等な立場に置かれ、一応自由に「選択」できるということになりました。
しかし、それは建前で、このように地域にばらつきがあり、実際には不本意な選択しかできないということもあるわけでしょう。
法律的には自治体には「義務教育学校」を公立学校として設立する義務があるように思われますが、オランダの中等学校は、非常にたくさんの種類に別れているために、公立学校をきちんと設立することは、まず不可能です。だからウ−デンのように、地域がカトリックで、カトリックの学校が十分あれば、それで誰もがよしとしてきたのでしょう。
しかし、戦後住民構成がどんどん変化しました。EC規模、アジアアフリカ規模での人口移動があるのですから、こうしたカトッリクだけの学校で間に合うはずがありません。 それに加えて、選択の自由に対して重大な問題を投げかける事態が生じたのです。それはイスラム教徒の増大です。イスラム教徒が増大する前は、わずかな「公立学校」を建てるだけで、済んだのです。例えばウ−デンにいるプロテスタントの人達は、プロテスタントの学校を要求する人と、公立学校を要求する人がたくさんいて、という事態ではなく、少数だから、公立学校でよかったわけです。
しかし、イスラム教徒は違う行動を取りました。「イスラム学校」を要求したわけです。オランダではとても大綱的な基準を満たして学校を設立すれば、国は財政補助をしなければならないのです。そうして少しずつ「イスラム学校」が出来ています。
ところで西欧では「国家と教会の分離」というのが、近代国家原則なのですが、実はオランダはその点が少々曖昧なのだそうです。つまり、国家は教会を援助しているのです。日本の非課税というのも、援助だと私は思いますが、こうした消極的なものではなく、もっと積極的に教会活動に対して補助したり、場所的な援助をしたりするようです。
ところが「イスラム」となると別です。何といっても、「キリスト教国家」ですから、オランダ国家として、少数派キリスト教を是認するのとは違うのです。それに、「悪魔の詩」問題でのイスラムへの問題視もあります。
それで、先の財政効率の問題と、イスラムの問題とが合わさって、オランダ政府として、宗教を軸とする「選択の自由」に対して、根本的な検討をしようという動きがあるのではないか、と私は想像しています。今回のウ−デンの事態は、その実験なのではないか。 この問題は、また次回新聞に何かあったら紹介するとして、ヨ−ロッパに来て、イスラムへの理解が本当に欠けていると実感しています。
ヨ−ロッパのニュ−スはテレビ・新聞を問わず、戦争で埋まっています。私はときどき、既に「第三次世界大戦」は始まっているのではないか、と思うことがあります。現在の世界での戦争は、第1次大戦のときより、はるかに大規模で悲惨なのではないでしょうか。そして、世界戦争と感じるのは、そのほとんどに「イスラム」が絡んでいることです。もちろん「イスラム原理主義」が指令している、などというのは、デマでしょうが、しかし、統一的な指令がなくても、世界大戦と考えざるをえないこともあるでしょう。第一、第2次大戦のとき、日本・ドイツ・イタリアは「同盟」していたけれども、統一的な作戦を展開していたのではなく、勝手にやっていたのです。
まあ、こんな感想は「妄想」であればいいですが。
そうそう、イスラムで思い出しましたが、多少日本の教育に関係あると思うので、付け加えておきますと、数年前、オランダの刑務所で、食事が問題になったそうです。それまで、ある時期から、オランダ刑務所では、イスラム教徒用に特別の食事を用意していたそうですが、囚人の食事を、特別計らいをするのは可笑しいということで、同じものにしたのです。すると、イスラム教徒が大反対をして、結局やはり別の食事ということにしたのだそうです。
オランダの学校にもイスラム教徒は、たくさんいますが、しかし、こういう問題はありません。なぜかといえばこちらは「給食」はないからです。
しかし、日本にいたとき、ある先生がイスラム教徒の生徒のために、給食でとても苦労したという話を聞いたので、思い出したのです。日本の学校は「刑務所」みたいなところがあるし。