元名大生事件:被告身じろぎせず 異例「治療要請」付言も

毎日2017.3.25

 高齢女性を殺害し、高校の同級生らに劇物の硫酸タリウムを飲ませたなどとされ、社会に衝撃を与えた元名古屋大学生の女(21)に対し、裁判員たちは無期懲役を選択した。24日の名古屋地裁判決は全面的に検察側の主張を認める一方、障害の治療に最大の措置を講じるよう付言した。

 元学生はこの日、髪を後ろでくくり白いシャツと紺色のジャケット姿で入廷すると、落ち着いた様子で証言台の前の椅子に座った。

 山田耕司裁判長は冒頭、「理由をしっかり聞いてほしいので主文を後回しにします」と述べた。判決理由が朗読される約1時間半、元学生はほとんど身動きせず、じっと前を見据えた。山田裁判長から無期懲役を言い渡された際も身じろぎもせず、「したことの重大性からすると無期懲役がやむを得ない」と話しかけられ、軽くうなずいた。

女子学生が1人で住んでいた現場のアパート付近を調べる捜査員=名古屋市昭和区で2015年1月27日、大竹禎之撮影© 毎日新聞 女子学生が1人で住んでいた現場のアパート付近を調べる捜査員=名古屋市昭和区で…

 その後、山田裁判長は裁判員からのメッセージとして「判決は厳しいものになったが、いずれ社会に戻れると信じてしっかりと更生してほしい」と伝えた。さらに「社会に出していいとなれば、それが償いになると思う。刑務所の中で自分ができることをよく考えて」と語りかけた。

 また、公判中の弁護側主張に関し「心神喪失を理由とする無罪主張にこだわるあまり、量刑に関する適切かつ十分な主張がなかった。適切な弁護を受けていないのではとの意見もあった」と話した。

 山田裁判長が最後に「まだ若いので更生してほしい、必ずできると信じています」と諭すと、小さな声で「はい」と答えた。

 「人が死ぬところを見たかった」「焼死体を見たい気持ちが爆発的だった」「母や妹を殺したいと思ったこともある」−−。元学生は裁判で繰り返し「人の死」への強い関心を口にした。タリウム事件では、被害者に中毒症状が出たことを知った際に「興奮した」と話した。

 一方で「まだ殺したいという考えが浮かんでくることもあるけれど、治療を始めて少なくなった。人を殺さない自分になりたい」とも話し、欲求を抑え込もうとするような葛藤も垣間見えた。

 一般用に用意された傍聴席73席に対し、判決の傍聴希望者479人が名古屋地裁前に並んだ。【野村阿悠子、山衛守剛】

「頭切れる人」「表情伝わらず」裁判員会見

 判決後、裁判員5人と補充裁判員1人が記者会見に応じ、2カ月余にわたった裁判を振り返った。責任能力を巡り証人として3人の鑑定医が法廷に立ったが、その証言については6人とも「理解できた」と述べた。ただ、ある裁判員は「目に見えない部分なので難しかった」と話した。

 裁判員の男性(47)は弁護側証人となった鑑定医の証言について「精神障害がなぜ行動に結びついたのかという説明がほしかった」と指摘した。また、元学生がこの日、裁判長の説諭を時折うなずきながら聞いたことに触れ「事件と自分をしっかり見つめてほしい。説諭の時の態度を見ると期待していいかなと思った」と語った。

 別の裁判員の男性(51)は元学生の印象を「質問にはっきり即答し、頭の切れる方だと思った」と話した。別の裁判員は「表情が伝わってこないと感じた。最後の検察側の求刑後に震えて話していたのが印象に残った」と話した。【野村阿悠子】

 

 

元名大生の殺人・劇物混入判決=金寿英(中部報道センター)

東京朝刊 20170404

 発達障害、理解深めて

 大学1年時に高齢女性を殺害し、高校2年時に同級生ら2人に劇物の硫酸タリウムを飲ませたなどとされる元名古屋大学生の女(21)=事件当時16〜19歳=の裁判員裁判で、名古屋地裁は求刑通り無期懲役の判決を言い渡した。判決は元学生の発達障害が事件に一定の影響を与えたと認め、21回を重ねた公判の審理で元学生の異変や特異な言動が見過ごされていたことが明らかになった。傍聴を終え、悲惨な事件を避ける道はなかったかと考えている。

 裁判で元学生は事件について「人が死ぬところを見たかった」「(被害者に中毒症状が出たと知り)興奮した」と語った。審理の最後でも「今でも人を殺したい気持ちが湧き上がってきて不安になる」と述べ、人の死や薬品による体の変化への強い関心が浮き彫りになった。判決が採用した検察側証人の医師の精神鑑定は、元学生について極めて限られた狭い対象に関心を抱く傾向がある他人への共感性がない――として、発達障害があったと説明した。

 発達障害にはさまざまな症状があるが、こだわりや興味・関心の偏り、対人関係の障害が代表的な特性の一つとされる。心理カウンセリングの専門施設、こころぎふ臨床心理センター(岐阜市)の長谷川博一センター長(臨床心理士)は「限定した興味は9歳ごろから思春期までの間に、かなり固定化される傾向がある」と話す。この時期に偶然受けた刺激に脳が過剰反応し、本人の意思と無関係に反社会的な願望が芽生えることもあると解説する。

 元学生は中学生の頃、1997年に神戸市で起きた連続児童殺傷事件の話を母親から聞き、猟奇的な事件に強い関心を持った。高校で化学の成績が良かったため薬品にも興味を抱き、2005年に静岡県で女子高校生が母親にタリウムを飲ませた事件を知り、自分も他人に投与したいと思うようになったという。

 見過ごされた特異な言動

 こうした関心は言動に表れた。高校に入るとサバイバルナイフを買い、少年犯罪への憧れを同級生らに語った。タリウム事件の前には高校の教室で毒性のある薬品を数人の男子生徒になめさせ、父親が部屋で別の薬品を見つけて警察に相談していた。

 元学生はタリウム事件後、友人に混入を告白し、殺害事件前には「もっと早く精神科に連れて行くべきだった」と母親に語っている。タリウム事件後、高校側は元学生の関与を疑ったが、一部でしか共有されなかった。母親も薬品収集などをしかっていたものの、法廷では「事件を起こす子は学力低下が著しかったり、過酷な家庭環境で育っていたりする印象があった。うちは違うと思っていた」と涙声で振り返った。

 長谷川さんは4年前にセンターを開設して以降、元学生に似た特徴のある10代の子ども約10人と関わった。その中に自宅で夜中、家族に包丁を振り回す女子中学生がいた。センターを紹介されて来た際は「なぜ人を殺してはいけないのか分からない」と言い、ストレスが高まると「人を殺してみたい」と話した。「自分ではどうしていいか分からない」と戸惑ってもいた。

 複数の検査で中学生の発達障害や副次的な障害の特性を把握した長谷川さんは、学校の理解を得ながらスタッフ数人で約1年間かけてフォローし「考え方のゆがみ」を矯正していった。その結果、殺人への興味は絵を模写することに変わり、今では問題なく高校生活を送っているという。スタッフとの交流を通じ、共感性も徐々に育った。

 専門機関通じ、適切な対処を

 発達障害があるからといって何か事件を起こすわけでないことは強調しておきたい。ただ、興味・関心の偏りが犯罪や人を傷つけることに向く可能性はあり得る。長谷川さんは「周囲が子どもの異変に少しでも早く気付き、専門機関の支援で適切な対処がされれば、興味・関心を社会が受け入れられるものに置き換えることは不可能でない」と指摘した。そうなれば、取り返しの付かない状況を防げる。

 長谷川さんは元学生について「高校の友人らが言動を教員に善意で相談し、高校が組織として対応していれば」と話した。元学生は難関国立大に現役合格するほど成績が良く不登校でもなかったため、積極介入にはハードルが高かったとしつつも「学校は万一の事態への進行を防ぐ責任感を持ってほしい」と訴えた。

 昨年5月に発達障害者支援法が改正され、「切れ目ない支援」が国や自治体の責務と明記され、国民も個々の障害の特性に理解を深めるよう求められた。支援への取り組みは進みつつあるものの、地域差なども指摘されている。

 社会全体で発達障害への理解を深め、発達障害のある子どもに偏見を持たず、一方で特性をしっかり受け止めることが不可欠だと思う。勉強ができ、一定の社交性もある元学生のような子どもは、特に見過ごされやすい。異変を早期に把握し適切な医療などが施される仕組みを定着・強化していけば、発達障害のある人との不幸な摩擦を和らげるとともに、誰も事件の当事者にならない状況をつくり出せるだろう。

 

元名大生事件、24日に判決 異変や兆候に気づけず 識者「周囲の対応、検証を」

中部朝刊 20170322

 名古屋市で高齢女性を殺害し、仙台市で高校の同級生ら2人に硫酸タリウムを飲ませたなどとされる元名古屋大学生の女(21)=事件当時16〜19歳=の裁判員裁判で、名古屋地裁は24日に判決を言い渡す。裁判では元学生が以前から、人の死や薬品に興味を示して家族や友人らに話していたことが明らかになった。周囲は異変や兆候に気づけなかったのか。識者に聞いた。【金寿英、山衛守剛】

 こころぎふ臨床心理センター(岐阜市)の長谷川博一センター長は、元学生が小学6年時、友人とともに担任教諭の給食にホウ酸を混入しようとして、数年後、母に打ち明けた点に着目する。「ホウ酸は毒劇物への興味の表れとも読み取れ、単なる反抗期の行動とは異質。親に話してしまう無頓着さも他人の心を推し量る力の弱さが絡んでいる」と話す。

 元学生は中学生の頃に犯罪への興味を抱き高校で周囲に猟奇的な事件や薬品の知識を語っていた。長谷川氏は友人らが元学生の言動について教員に善意で相談し、高校が組織として対応していれば、事件前に専門機関の支援へつなげられた可能性があると指摘した。

 元学生は成績が良く不登校でもなかった。長谷川氏は「積極介入にはハードルが高い。それでも学校は、気になる子がいたら保護者との関係悪化を恐れず積極的に専門機関につなぎ、万一の事態への進行を防ぐ責任感を持ってほしい」と語る。

 鈴鹿医療科学大(三重県鈴鹿市)の藤原正範教授(元家裁調査官)も高校の対応について、校内で不審なことがあれば警察に相談し情報を共有すべきだったと訴えた。

 元学生が自宅での薬物所持を家族に知られて警察から注意され、硫酸タリウム事件後にそれを把握した高校から事件への関与を疑われたことに触れ「学校や親はある程度おかしいと思っていたはずだが対応できなかった。理由を検証する必要がある」と指摘する。

 さらに藤原氏は、薬物などに執着していた点を挙げ「(発達障害の影響で)関心が『危ないもの』に非常に偏っている。そうした傾向が見られれば、専門機関につなぐべきだというのが教訓ではないか」と話した。過去の少年事件でも刃物など「危ないもの」に執着するケースがあったとし「治療や支援、教育といった道筋に乗せることが、安全な状態をつくる」と分析した。

 この点は裁判で論じられた。検察側は、両親とも元学生に関心を持って関わり、薬物所持などの問題行動を発見すれば厳しく注意していて、成育歴や家庭環境に重大な問題はなかったと指摘する。

 弁護側は元学生が精神面の障害で適切な社会性を得られず、機会があったのに障害を見過ごされ、専門医の診断や社会的支援を受けられないまま事件に至ったと主張している。

 ◇3医師鑑定、見解分かれ

 21回の公判を重ねた裁判員裁判は責任能力の有無が最大の争点になり、判決で裁判員たちが判断を示す。完全責任能力があったとする検察側は「生涯にわたる償いが必要」と無期懲役を求刑し、弁護側は複雑で重篤な精神面の障害により責任能力がなかったとして無罪を主張している。

 元学生の精神鑑定は3人の医師が計4回行い、見解が分かれた。検察側は広汎(こうはん)性発達障害などがあったと認めつつ、事件に及ぼした影響は限定的と指摘。「身勝手極まりなく犯罪性は根深い。更生は極めて困難」とした。

 これに対し弁護側は「発達障害で人の死に興味が集中していたのに加え双極性障害(そううつ病)のそう状態で善悪の判断も行動の制御もできなかった」と心神喪失を主張した。無罪として長期の治療、教育ができる環境での処遇を求めた。

 硫酸タリウム混入事件の殺意の有無も争われ、検察側は「死んでも構わないと思っていた」、弁護側は「死ぬ可能性は念頭になかった」と主張している。

 元学生は結審に当たり「この裁判で初めて被害者、家族、遺族の気持ちを知ることができた。今でも人を殺したい気持ちが湧き上がってきて不安になることはあるが、克服したい」と述べた。

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 ◆元学生の言動と周囲の動き

 ◇小学生

・担任教諭の給食にホウ酸を混入しようと計画(6年時)、数年後に母に告白

 ◇中学生

・不登校気味で児童精神科受診(1年時)

 ◇高校生

・サバイバルナイフやモデルガンなどを購入(入学後)

・父が部屋で亜硝酸ナトリウムを発見し宮城県警に相談(2年時、2012年5月)

・毒性のある硫酸銅を同級生や妹になめさせる(同4〜5月ごろ)

・硫酸タリウム事件=同5〜7月

・母が高校に宮城県警へ行った事情を説明。学校側から「視力が悪くなった子がいるが、心当たりはないか」と問われる(2年の終わり〜3年ごろ)

・友人に、同級生ら2人に硫酸タリウムを飲ませたと明かす(3年時の冬)

 ◇大学生

・母が名古屋市のアパートで薬品発見(1年時、14年5月)

・母に「もっと早く精神科に連れて行くべきだった」と言う(同8月)

・発達障害の専門機関で面談(同9月)

・妹に「未成年のうちに絶対殺(や)ってやるから」とメール(同10月以降)

・森外茂子さん殺害=同12月

 ※公判での証言や検察側主張などから

 

 

 

証人尋問 元名大生「今日、人殺した」 電話で告白、妹証言

中部夕刊 20170215

 名古屋市で高齢女性を殺害し、仙台市で高校の同級生ら2人に硫酸タリウムを飲ませたなどとされる元名古屋大学生の女(21)=事件当時16〜19歳=の裁判員裁判で、元学生の妹に対して事前に非公開で実施された証人尋問の録音・録画が15日、名古屋地裁(山田耕司裁判長)の公判で流された。妹は、元学生から女性殺害の直後に電話で「今日、人を殺したんだよ」と告げられたと明かした。

 妹の証言によると、元学生は女性殺害後に仙台市の実家に戻った際、妹に「おので人を殴った」と話し、血のついた服を洗うよう頼んだ。元学生は「もう捕まるからお金を使って遊びたい」と語っていた。妹は元学生が母親に「人を殺しちゃった」と告白するのも目撃したという。

 さらに妹は元学生から、高校の同級生の男性に硫酸タリウムを飲ませた際に「致死量よりも多く入れた」と聞かされたと述べた。元学生から、自分(妹)の同級生にもタリウムを飲ませるよう何回か頼まれていたことも明らかにした。

 妹によると、元学生は高校に入ってから頻繁に「毒殺したい」「人を殺したい」と話すようになっていた。ただ、妹は元学生への思いを聞かれ「頭がよくて要領もよくてうらやましい。勉強も教えてくれる」と話した。【金寿英】