国際教育論第一回2018.4.9コメント

Q 学習指導要領も決められていて、学ぶ内容は同じであるのに、学校を選ぶという時の比較対象はどのようなものがあるのでしょう。

A 学校選択制度には、ふたつの種類があります。ひとつは、学校で行われている教育が多様であり、学校ごとにかなり違う教育が行われているために、どの教育を望むのかを、受ける当人に任せるもので、このシステムの代表がオランダです。それに対して、学校間での競争によって、教育の質を高めようとするもので、この場合には、教育内容が同じであるほうが効果的であるとされます。イギリスやアメリカが代表で、必ず試験と結びついています。たとえば、学力試験の結果を公表し、競争を促すなどです。しかし、本当に競争によって教育の質が高まるかどうかは、議論の余地があるでしょう。

Q 国際教育を学ぶ上で、言語を理解する必要があるということを聞いて、先生がどの位言語を習得しているのか気になりました。

A 論文を読んで判断してください。

Q 「他国でもやっているから」と受け入れられる教育がある一方、受け入れられない教育があるのは、文化の違いや手本となる国との関係があるからなのでしょうか。

A 具体的にどのようなことがらかによって、異なってくるでしょう。いずれも三分岐制度をとっていた、イギリスとドイツは、コンプリヘンシブスクールとゲザムトシューレという、いずれも統合した学校類型を取り入れようと、主に社会民主主義政党が主張し、かつ、それぞれ政権もとったのですが、イギリスでコンプリヘンシブスクールは、かなり普及し、それをなんとかつぶそうとしたサッチャーも、結局認めざるをえなかったのですが、ドイツでは、あまり普及しませんでした。その違いが何故起きたかという点についての研究を、残念ながらフォローしたことがないのですが、私が考えるには、次のような事情があるかと思います。

 イギリスでは、三分岐制度が明確にできたのは、1944年教育法によってであり、同時に三分岐のどこに進学するかを、イレブンプラステストという、知能テストを含んだ試験で決めた。パブリックスクールなどは、このシステムの完全な外に、エリート教育機関として存在していた。知能テストによって人生を振り分けられることに対して、非常に強い批判が起こり、知能テストに関する論争が続いたが、そうした批判から、「分けない」ことが重要だという見解が労働党を中心に広まり、コンプリヘンシブスクールが徐々に増えていった。

 他方ドイツでは、知能テストなどは進学振り分けに採用されず、小学校の成績が基本だったために、進路分けに対する批判が、イギリスよりは弱かった。イギリスと同じように、社会民主党は、ゲザムトシューレを主張し、勢力の強い地域では設置されていったが、三分岐に対する批判が、イギリスのように、先天性を理由としなかったので、ゲザムトシューレは、イギリスほど広まらなかったと考えられる。

Q イギリスの植民地下での教育は、現地の文化などにどのような影響を与えたのでしょうか。エリートを育てて、学力や知識を与えるよい面と、エリートとそうでない者の差が広くなる悪い面があると思うのですが。

A よく言われるのは、イギリスはあくまでも植民地を経済的な利益をえるための場として考えていたので、文化に関わることは少なかった。イギリス流の学校を設置したとしても、それは赴任しているイギリス人の子どもや、わずかな現地人エリートの子どものためのものであって、それでイギリス流の教育を植民地に広めようとは思わなかった。格差が広まることなどは、イギリスにとってまったく問題ではなかったといえる。

Q ゆとり教育を行うと、PISAの成績が下がることは、ある程度予測できたのではないかと思った。

A 多くの人が誤解しているのですが、ゆとり教育のそもそもの発端は、「教育的目的」とは無関係で、日本人は働きすぎである、だからもっと労働時間を減らすべきだ、という国際社会の批判を受けたところから始まったのです。週6日労働などはおかしい、5日にせよ、というので、まず公務員を週5日労働にしたことから、公務員である教師が5日労働になり、その結果学校が5日制になったのです。だから、私立学校は、6日のままで変更しなかったところもあります。だから、5日制も当初は部分的だったのです。土曜日は、塾が繁盛するのではないかとか、親の管理が行き届かないのではないかとか、そういう生活面での議論から始まり、5日で学習量をどのようにこなすか、という議論になり、そうこうするうちに、内容を精選せよ、という方向になったのです。内容が精選され、総合的学習などが入った時期をもって、本格的な「ゆとり教育」といいますが、当初からみれば、ゆとり教育は30年間実施されたことになります。したがって、PISAのことなどは、まったく念頭になかったのが実情です。本格的なゆとり教育の導入には、いじめや不登校などの問題が深刻になったことも影響しました。

Q デンマーク、スウェーデン、ノルウェーの北欧3国(スカンジナビア3国といいます)は義務教育9年間テストも通知表もなかったのに、フィンランドは何故別だったのか疑問に思った。

A 義務教育が9年間で、テストも通知表もないという点では、他の北欧3国と同じです。問題は、スカンジナビア3国がPISAが悪かったのに、何故フィンランドは1位をしばらくキープするほどよかったのかということでしょう。この問題でさかんに論陣をはってて、たくさんの著書を公刊した福田誠治氏は、フィンランドには競争がないから、成績がよく、競争的なイギリスは悪い、と、競争の有無を重視していました。しかし、これは事実に反します。フィンランドを除いて、PISA上位の常連校は、すべてが競争的な教育を行っているのです。他方、PISAの成績の上位常連国には、共通の特徴があります。それは、人口が少ないことと、移民が少ないことです。移民が多く、人口が多い(1億近い)国で、PISAのベストテンに入った国は、ひとつもありません。移民が多い例外のオランダは、人口が日本の1割だし、人口が多い例外の日本は、移民が極めて少ない国です。人口が少ない点では、北欧の4カ国は同じですが、フィンランドだけが移民が極めて少なく、他の3カ国は、移民が多いのです。これが、PISAの成績に影響していると考えるのが、最も合理的です。フィンランドは、次第に移民が増加したのですが、それとともに、PISAの順位が落ちており、今は一位ではありません。人口が多いと、どうしても学力の格差も大きくなり、平均点を下げるし、移民は、言葉のハンディなどで、例外を除いて、どうしても学力は低くなります。

Q ドイツの三分岐制度が廃止された州では、その後どのような制度になったのか。

A 制度を決めるような人たちは、上層の人たちなので、ほとんどギムナジウムというエリート中等学校を卒業しており、彼らだけではなく、社会の上層の人たちにとって、ギムナジウムは死守すべき学校という感じなので、ギムナジウムと、他のふたつの類型を統合した二分岐に移行するケースが多いのですが、もともと、三分岐制度ではない、全体を統合したゲザムトシューレ(総合学校)という制度を採用していた州もあり、そちらに移行する場合もあります。以前は、テストの成績ではなく、学校のあり方として、自由と平等に関連して、三分岐かゲザムトシューレかという大論争がありました。

Q MOOCでみる動画は、日本語訳がででいますか。

A 通常字幕はないはずです。ある日本の団体がわざわざつけている事例があるとすれば、字幕があるでしょうが、あったとしても例外的でしょう。

Q 規約と条約はどう違うのでしょうか。

A 条約は国家間の拘束力のある約束で、議会で承認(批准)される必要がある。国家間の約束でも、「宣言」などは通常拘束力がない。規約は、ルール一般をさし、その性格は、その規約のなかで決められるのが通常。国際人権規約は、拘束力があるので、実際には条約といえる。