2015.4.13
1 「ゆとりがよいものなのかはっきりさせたい」
 「ゆとり」がいいものかどうかは、それぞれの教育観によって異なるでしょう。また、「ゆとり」政策が何を目指していたのか、の理解によっても異なるといえます。
 1960年代と70年代は、青少年人口が増大期があったこと、(第一次ベビーブーム、第二次ベビーブーム)進学率がどんどん上昇したことによって、受験地獄と呼ばれる状況がおこり、受験失敗による自殺が毎年報道されるなど、子どもたちの過剰な負担が批判される状況がありました。教科書もかなり厚く、学ぶ量が今よりずっと多かったのです。それで、もっと子どもの負担を減らすべきだという意見がかなりだされていました。「教科書の精選」という要望がおこり、そこから「ゆとり路線」が出てきた側面があります。だから、この面では、学ぶ量が減ったという意味で、文字通り「ゆとり」だったわけです。
 それに対して、総合的学習が提唱されるようになったのは、知識主義の教育と経験主義の教育のシーソーゲームが繰り返されてきたのですが、過剰な詰め込み型の教育を、経験主義的に変えていこうという主張がなされ、本だけではなく、事実から学ぶために、それが総合的学習として結実したという側面があります。(ただ、総合的学習は、十分な準備がなされないまま出発したので、現場ではかなりの混乱もありました。)
 経験主義の教育は、かなりの準備等を教員がしないと、単なる興味本位の遊びの延長になってしまうという批判が繰り返されてきたことでわかるように、基礎学力を向上させるには不十分な方法だと考える人も少なくありません。
 ただ、国際的にみると、中等教育学校でエリート的学校類型をもっている国では、中等学校の後期に、自分の興味関心にもとづく研究調査をして、論文に纏めるような教育をするところが増えています。(これは、PISA型学力と考えることもできるのです。)日本の高校で、本格的に総合的学習に取り組むとしたら、それに近いものになり、総合的学習への評価も変わってくるかも知れませんが、PISAの低い結果が、社会に大きな影響を与えたので、総合的学習を含むゆとり全般に対して、否定的な評価をするひとたちが多くなりました。
 以上のようなことを総合的に考えて、「ゆとり」を評価すべきでしょう。
 また、労働の側面でのゆとりは、別の視点が必要かも知れません。
2 子どもの教育だけではなく、社会人や高齢者の教育についても知りたい
 → 北欧、特にデンマークのフォルケホイ・スコレで触れる。
3 PISAの結果、日本は脱ゆとり路線になっていますが、国際的にゆとり政策はどのように評価されていたのか
 日本のゆとり路線が国際的にどのように評価されていたかは、盲点だったので、今後調べてみます。
 ただ、一般的には、ヨーロッパでの日本の教育政策評価は、学習指導要領で教育内容を細かく規定しているというもので、それを支持する立場から、従来学習指導要領的な国家基準を設定していなかったイギリスやオランダなどが、日本を見習い、国家基準を定める方向に政策転換した一方、日本は、あまりに厳格な国家基準が批判され、裁判でも大綱的基準の枠内にすべきという判例がでたので、基準を緩和する方向がとられたために、双方の相違は縮まったことになる。
 冷静に見れば、ゆとり路線が基礎学力を低下させる危険性があることは、ずっと指摘されていたから、日本のやり方は愚かだと見られていた可能性はある。しかし、ヨーロッパ的基準からすれば、ヨーロッパの方式に近づいてきたとみることができるので、日本もやっとヨーロッパ流になってきたことで、自分たちの教育スタイルのよさを再認識した人もいたかも知れない。
4 ゆとり路線のなかの話で、国際的批判と国内的批判のどちらが先だったのか、また、日本の労働について、国内でも批判があったのか。
 ゆとり路線については、賛否両論あるし、また、批判する立場も多様であると思うので、どちらが先というのが、どの程度意味があるかはわからないが、「労働時間」にかかわる批判については、週休2日というレベルではなく、長時間労働については、日本国内の労働者から批判はなされていたが、時間給が低かった時代や、職種では、長時間労働しないと生活できないから、短縮は困るという見解もあった。
 日本の長時間労働に対する国際的、特に先進国からの批判は、日本が経済的に大きく成長し、いち早く石油ショックを抜け出て、大きな経済力をもつようになってからなので、この点の批判は、国際的な領域は国内よりずっと後になると考えてよい。
 教育上のゆとり路線については、国内的には、始まる前から、きちんとした学力を保障することができないという批判があった。文部省内部でも、双方の立場があったと言われている。
5 PISAを実際に受けた人のことを知らないが、どのくらいの頻度で、どのように行われているのか
 PISAは義務教育を終えた15歳の人に試験をすることになっており、誰に試験を行うかは、それぞれの参加国に委ねられている。
 まずPISAの試験は、厳格に秘密裏に行われており、実際にかかわった人間にしかわからないようになっている。以前、自分のクラスで実施したことがあるという教師に話をきいたことがあるが、試験監督をする担任と、学校の管理職(校長・教頭くらい)しかその事実を知らず、また、生徒にも受けたことを漏らしてはいけないという厳重な注意をされているということだった。日本で受験する人数は5000人程度とされており、試験は3年に1度実施されてきた。前回が表向き最後とされていたが、今後どうなるかはわからない。どの高校生に受けさせるかは、国ごとに任されているために、極端にいえば、エリート校にばかり受けさせれば、得点は著しく高くなる。おそらく、日本では、偏差値等を考慮して、各段階の高校をまんべんなく選択していると思われる。
6 何故フィンランドがPISAで高得点をとったのか、もともと向いていたのか。
 北欧のところで扱う。
7 国際教育と比較教育、それぞれ何を学ぶ学問なのか、どのような違いがあるのか
 授業でも説明したとおり、私の理解としては、比較教育学は、おもに先進国の植民地をもった国が、植民地統治のために、植民地や、他の先進国の教育を研究し、自国の教育を向上させるために研究した。それに対して、国際教育学は、国際社会の中で、国際的事象として成立している教育現象を分析する。もちろん、そのために、さまざまな国の実態を学ぶ。極端にいえば、植民地政策との関連の有無が最も違うといえる。(あくまでも太田説。そもそも国際教育学を専門に研究している研究者はあまりいない。また、現在でも国際学会の名称は、比較教育国際学会であり、国内でも比較教育学会が存在している。だから、ほとんど現在ではほとんど同じであると考えてもよいが、正確にはやはり、国際教育学が適切だといえる。)
8 自由主義と平等主義の違い
 自由主義は、日本国憲法の基本的人権の「自由権」で、基本は、国家が国民のやることに口を出さない、自由にやれるということ。その中心は、通常「営業の自由」「経済活動の自由」と言われており、企業活動を規制することをできるだけやめ、自由な企業競争(アダム・スミスのいう「神の手」に委ねるということ。現在は、実際には自由主義だといっても、かなりの国家的な規制があることは事実。自動車の排気ガス、建築物の耐震基準等々。また、企業に課税されていることも規制といえる。しかし、社会主義のように、主な経営が国家によって担われているのとは異なり、誰でも企業活動を行えることが、自由主義であり、規制を最小限にせよというのが、自由主義といえる。つまり、資本主義者の企業活動は、自由であるが、それは競争の中で行われることになるので、必ず強い企業が勝ち、弱い企業は倒産して消えていく。倒産企業で働いていた労働者は、失業する。こうして、強いものが残り、弱いものが社会の底辺層となっていくために、極端に自由主義のままにすると、社会不安が生じてしまう。
 それを是正するためにも、格差を縮小させようという政策が、平等主義のひとつ。ビスマルクなどの福祉政策が始められたのは、社会不安の解消が目的だった。租税の能力主義(払える人から税をとる)でえた国家の収入は、弱いもののために使い、(社会福祉)格差を是正することによって、社会の安定を増大させようという考え。
 それに対して、そもそも人は平等である、それを実現するために政治を行うべきという、原則的平等主義もある。社会主義思想がそれにあたる。(それについては、社会主義の教育思想で扱う。)
9 エラスムス計画が気になった
 エラスムス計画は、EUが成立して、EU内部の一体感を強めるために行われた政策のひとつと考えられる。成立当時のEUは、ほとんど異なる公用語を使用しており、相互のコミュニケーションをどのようにとるかが、大きな問題だった。言語の問題としては、EU公用語を設定せず、すべての言語を平等にするという原則が立てられたが、それではスムーズなコミュニケーションが困難なので、教育の面から、大学間交流を実施して、相互の言葉を学ぶようにした。そして、一緒に学ぶことによって、精神的一体感を高めることも期待したと思われる。
 更に、大学間の競争を促すことによって、研究・教育の活性化を図ったのだろう。
 エラスムス計画は、具体的には、大学生は、EU内部の他国の大学に、半年間留学できるもので、単位はそのまま認定される。奨学金等も考慮される。
 ソクラテス計画は、EU自体が拡大したことにともなって、留学計画が拡大されたもの。
10 北欧がいくつかの分野で上位を占めているというが、その理由を知りたい。
 北欧のところで学ぶ
11 オランダがなぜ自由と平等の調和の国なのか?植民地支配の歴史などの関連があるのか。
 オランダのところで学ぶ