引きこもりに見る“病”のサイン

 

201659日林公一 / 精神科医

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100人に1人が発症 「統合失調症」の真実【1

 

 健康な悩みに見えたものが病だったり、逆に病に見えたものが健康な悩みだったりということはよくあります。

 

 たとえば、「引きこもり」はどうでしょうか。病気として治療すべきか。健康な悩みの範囲内として、自然に回復するのを待って見守るべきか。どちらの場合もあります。しかし、病気だった場合には、ただ見守っていると悪化してしまうおそれがあります。

 

 こんなケースがあります。高校時代の同級生が、大学に入ってから引きこもってしまったことを心配する友人の話です。

 

急に大学に行かなくなり引きこもってしまった友人

 

 私の高校時代の同級生、現在19歳の友人が、去年、大学に入学したあと6月ころから徐々に大学に行かなくなり、その後ある時からはほとんど家に引きこもってしまい、ついにそのまま留年してしまいました。そして今年4月からの新学期になってもやはり全くの引きこもり状態が続いています。

 

 去年の6月に彼は、家では遅く起きてテレビをつけて、ダラダラとそれを見ているうちに1日が終わってしまう、というような話をしていました。それを聞いた私は、「1カ月遅れの五月病だな」と軽口をたたき、お互い笑い話で済ませていました。ところが、留年が決まったと聞き、高校時代の優秀だった彼と比べるとさすがにおかしいと思い、あらためてよく聞いたところ、次のようなことを話してくれました。

 

 大学に行く目標を見いだせなくなってしまった。目標としていた職業に就きたいとあまり思わなくなってしまった。すると今まで自分のしてきたことは何だったんだろうと考えて落ち込む。大学に入って間もなく、教室の前まで来たが、教室内の人の気配が何となく嫌で引き返してしまうことが何回かあった。教室では、周囲の視線が異常に気になりだした。周囲で話し声がしたり笑い声がしたりすると、自分のことではないと頭では理解しているのだが、声を聞いた瞬間は自分のことだと思ってしまう。それが繰り返されるうちに、やはり自分のことを笑っているに違いないという気持ちが強くなり、ますます教室に入れなくなった。

 

 そのうちに、大学だけでなく近所でも同じようなことを感じるようになった。そのためか、人混みの中にいると汗が噴出して、居ても立ってもいられなくなることが増えた。人混み以外でも、対人恐怖症のようになる時があり、人に会いたくない、人を避けたいという気持ちがとても強くなった。街で会う赤の他人がみんな自分の方を意識しているような気がして、さらには自分に悪意を持っているようにも感じて、怖くて家から出られなくなった。

 

 話し方や態度も、かつての彼とは違って暗い雰囲気で、何となく緊張感がみられました。彼はうつ病なのでしょうか。対人恐怖症でしょうか。それとも、この年齢によくある迷い・悩みの範囲でしょうか。私が彼のためにできることは何でしょうか。

 

「健康な悩み」か「病」か

 

 さて、この彼の状態をどう考えたらいいでしょうか。健康な悩みの範囲でしょうか。病でしょうか。友人の方も判断しかねています。引きこもりの場合、もちろんどちらも考えられます。

 

 こころと脳と病と健康の関係は、単純には割り切れません。けれども、病にはサインというものがあります。それは、多くのケースの蓄積によって確立された、「精神医学の臨床の知」というべきものです。

 

 一見するとよくある悩みに見える。健康な心理から理解できるように見える。けれどもそんな中に、病のサインが見え隠れするとき、病気の始まりであることが強く疑われることになります。このケースでは、それは「統合失調症」という病気です。

 

 統合失調症は100人に1人というとても高い発生率の病気です。そして20歳前後の若い年齢で発症することが多い病気です。目立つ症状は幻聴と被害妄想で、たとえば、自分の悪口や脅迫のような声が聞こえるという幻聴や、自分は命を狙われている、監視されているという被害妄想がよく見られます。

 

 今回の19歳の方のケースでは、そこまでのはっきりした症状はないようです。けれども、統合失調症のサインが見られます。それは、周囲がとても気になり、人の声や笑い声が自分に向けられているように感じていることです。そのため、引きこもりという結果になっています。友人は彼を、それまでの彼とは違うと感じています。

 

「自分に向かう陰湿な悪意」の妄想がサイン

 

 統合失調症のサインとは、このケースに見られたように、「それまでのその人とは何となく違う、またははっきり違う言動」の中に、「本来自分とは関係のないこと(話し声や笑い声など)を、自分に関係があると思い、さらにはその中に自分への悪意を感じ取り、不安になったり怖くなったりする」というのが典型的です。

 

 それは人によってさまざまな形で表れます。たとえば次のような形です。

 

・外を歩くと、誰かがついてきているように感じて後ろが気になる。

 

・みんなが自分を嘲笑しているような気がする。

 

・人が自分のことを何かぼそぼそ言っている。何と言っているのかよくわからないが、悪意のあることを言っている気がする。

 

・自分の悪口や隠し撮りがネットに出されて、みんなが笑っている。

 

・人混みの中にいると、バカにしたような視線や笑い声が自分のほうに向いていると感じる。

 

 自分に向かう陰湿な悪意。これらは被害妄想や幻聴、またはそれらの芽生えと見ることができます。これが統合失調症のサインなのです。ただし、どの症状も、本人が語らなければ、周囲にはわかりません。こうした不安や恐怖によって、落ち込んでいたり、人を避けたり、引きこもったりしているという「結果」の方しかわかりません。

 

治療しなければ悲惨な結果も

 

 逆に言えば、1020代の若い人が、周囲からはよく理由がわからないけれど、引きこもるようになった場合、統合失調症が発症している可能性があるということです。統合失調症は、治療しなければ幻聴や被害妄想が悪化します。悲惨な結果になることもあります。10年、20年とひきこもりが続くこともあります。早く治療すればそういう経過は避けることができます。

 

 ところが統合失調症は、とても多い病気であるにもかかわらず、あまり知られていません。知られていないから、治療が始められにくいのです。また、知っていたとしても、「自分は、自分の家族は、自分の友人は、そんな病気のはずがない、そんな病気ではない」と思いたい、そういう願望は多くの人にあります。願望は正確な判断をゆがめます。

 

 ご紹介したケースの友人は、うつ病や対人恐怖症という病名は知っていましたが、統合失調症という病名は知らなかったか、または思いつかなかったようです。「私が彼のためにできることは何でしょうか」とこの友人の方は言っておられます。それは精神科の受診を勧めることです。統合失調症は治療が遅れると、自分は病気ではなく、周囲にこそ問題があるのだという思いがどんどん強くなり、そうなると受診することさえ拒否するようにもなりかねません。次回はそういうケースをご紹介します。

 

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 この連載では、こころと脳と病と健康。その微妙で複雑な関係、近くて遠い関係、そして光と影が交錯した関係をお話していきたいと思います。

 

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