教育行政学コメント 2019.5.16

Q アメリカのように、入りやすく卒業しにくい大学制度にしたら、日本でどのような問題があるか。

A 今のシステムだと、大学自身があまりやりたがらないでしょう。

 ひとつは、定員管理方式に影響されます。大学は在学生を含めて定員管理されており、留年が一名でれば、入学者を一名減らす必要があるということです。留年生は授業料を払うだけですが、入学生は入学金をあわせて払います。つまり、留年生を出すことは、大学にとって経済的にマイナスなのです。また、留年が多いと、文部科学省から、教育が不十分ではないか、とクレームを付けられ「指導」をうけることになるし、また、世間の評価も低くなるのではないかと恐れています。人間科学部でも、出席の悪い学生や単位数の少ない学生対策などを、かなり時間をかけてやっています。

 留年生を定員管理の枠外にすること、留年がでることは、成績評価をしっかりやっていることだ、だから大学としてやるべきことをきちんとやっているのだ、というような社会的評価が確立することなどが実現したら、大学も卒業しにくい状況にして、もっと厳しい教育をするようになるでしょう。

 

Q 文科省が、給特法に抗議されているのに、なぜ改訂しないのか。

A 「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」のことだと思うので、その前提で説明します。

 おそらく改訂する気はまったくないと思います。また、改訂する必要があるかどうかも、かなり意見が分かれるでしょう。

 この内容は、教師に残業手当を支給しないかわりに、義務として課す残業の種類を限定し、基本給の4%を支給するというシステムです。これによって、事実上、無制限に教師の労働を拡大させることができるのです。そして、手当を支給しないのですから、行政的財政的には、これほど都合のよいシステムはありません。今は、労働組合が極めて弱体で、事実上の影響力をもっていないので、どんどん仕事を拡大されてしまうのです。

 教職の特殊性という観点から、このシステム自体が問題だとはいえないのです。実際に、教職を完全に時間管理している国は、あまりないと思います。

 住民からの圧力などもあります。教師に対する風当たりが強いということもあり、教師がやっている仕事を、それほど理解しないままま、教師はやるべきことをちゃんとやれというような風潮があります。しかし、それが授業の魅力を低下させていることは、否定できないでしょう。

 残業手当を出すという方法と、教師の仕事を削減するという方法があり、それぞれ教職とか教育に対する考え方によってわかれると思いますが、いずれにせよ、何らかの手をうたないと、教師がどんどん倒れてしまう、そして、教師へのなり手が少なくなってしまうことになるでしょう。実際に欧米ではそうした事態に、とっくになっています。原因は多少異なりますが。 

 

Q 文部科学省と厚生労働省の違いは何か

A 文部科学省は、教育、科学技術、スポーツなどを対象とした行政を行う官庁であり、厚生労働省は、社会福祉、医療、労働者政策を行う官庁です。領域が違うのですが、いくつか重なる部分があるので、ずっと「縦割り行政」の弊害として議論されてきました。

 保育、医療領域の専門職養成は、学校で行われるので、教育という分野で重なることになります。また、就学前の子どもたちは、保育園か幼稚園に通うのが普通ですが、周知のように保育園は厚労省、幼稚園は文科省の管轄なので、同じ年齢の子どもたちの行政がぶつかり合うことになり、ずっと問題となっていました。子ども園という統合的な施設ができましたが、それで問題が完全に解決されたわけでもありません。

 従来、文部省は、大学にはかなりの自由を与えてきたので、授業時数などもかなり大学が勝手に決めていました。しかし、ひとつは、文部科学省になって、大学管理を強めてきたこと、そして、厚労省が、大学で資格をとる授業に関して、非常に厳しい態度をとってきたので、それが、大学全体に拡大されてきた結果が、授業をすべて15回やれという指導に変化してきたのです。そうしたふたつの官庁の問題が、大学関係者を困らせたのが、公認心理師というシステムをつくるときの状況でした。大学は、文科省管轄ですが、公認心理師は厚労省管轄なので、実際にどのようなカリキュラムになるのか、実習のあり方はどうなのか、というようなことが、なかなかはっきりせず、人間科学部では、本当に苦労をしたのです。

 

Q 国から地方にお金が出るまで(国庫支出金)地方が教育に対するお金を払っていたが、地方自治体が国に反対意見を述べたりというた行動はあったのか。

A 戦前は「地方自治体」は存在しませんでした。今でも正式には、「地方公共団体」です。ただ、戦後は首長と議員が選挙で選ばれるようになったので、自治体と称しています。戦前はそうした選挙はまったくなかったので、自治体とは通常いいません。アメリカは、「自治体」と住民が決めると「自治体」になり、そのように決めないと、州政府の管轄する地方当局になります。したがって、アメリカには、自治体である地方当局と、そうでない地方当局が並立していることになります。地方行政の当局といっても、いろいろあるので注意しましょう。

 戦前、「行動」をどのようにイメージするかによりますが、地方財政が圧迫していることが深刻であり、それが国家補助がなされるようになったということは、地方からの働きかけがあったから実現したので、なにもなければ改革は行われなかったでしょう。地方の行政を担当する人は、中央から派遣されていたので、当然、帰任したときにも、実状を訴えたはずです。

 

Q 何故文部省と科学技術庁が合体したのか。メリットがあったのか。

A 2001年(平成13年)16日に中央省庁の再編統合が実施され、その目的は、「縦割り行政による弊害をなくし、内閣機能の強化、事務および事業の減量、効率化すること」などで、それまでの122省庁は、112省庁に再編されたわけです。官庁は、それぞれ役割が決まっていますから、どのようにしても、縦割り行政にはなり、縄張り争いなども生じるでしょうが、それを多少でも改善しようということだったと思います。ただ、それがどの程度効果をもったかは、それぞれの領域で具体的に検証する必要があるでしょう。文部省と科学技術庁が統合されたことによって、何か変わったかといえば、大学人としては、行政が大学に非常に強く介入するようになったということがあるでしょう。大学は、かなり自由に、悪くいえば、いいかげんにやっていましたから、それが是正されたというメリットがあったことは間違いありません。しかし、逆に、大学の自由な研究体制が阻害されたという評価をする人たちもいるでしょう。

 日本の大学国際ランクなどが、上昇するようりは、低下していること、ノーベル賞受賞者たちは、以前の文部行政の下での業績だったが、今は日本の研究力が落ちているなど批判されることもいくつかあります。

 

Q 日本の大学で学力、成績以外の能力で試験をしているところはあるのか。

A 芸術系、体育系などは、専門の実技試験をやっています。これは、欧米でも同様です。ヨーロッパでは、受け入れ側による試験がないといいましたが、学問的領域以外の教育を行う学校は、入学試験を行います。それから、フランスの超エリート学校である高等専門学校(グランゼコール)も厳しい入学試験があります。

 

Q 学校選択のメリット、デメリットは何か。

A 立場によって異なると思います。

 子どもや親にとってみれば、いきたい学校にいけるし、嫌なことがあれば転校できるので、それがメリットでしょう。

 学校からすれば、選ばれない可能性もあるので、普通は、「選ばれる」立場はあまり好まれません。

 教育に競争を持ち込みたい人からみれば、メリットであり、競争は教育的ではないと考えれば、デメリットと考えるでしょう。

 

Q 中学時代学区外から通学していた友人がいたが、通学区は強制力がないのか。自分の場合、ふたつの小学校のどちらかです、という葉書がきたのだが。

A 通学区を同設定するか、また強制力をもたせるかどうかは、設置者(市町村)の意思によります。文部省の姿勢としても、戦後は緩やかだったけど、越境入学が増えて(一部有名公立中学にはいるため、形式的に住所移動して入学する)、厳格化を指導した時期がありました。(1970-80年代)けれども、少子化で生徒が減ってしまうようになると、人数維持のため、あるいは、学校選択の観点から、通学区を緩和するような指導もしています。しかし、決定は教育委員会で行うので、それぞれ地域で差があります。

 ふたつの選択肢が示されたということは、学校をグループ化して、グループ内選択をさせる制度だったのでしょう。日本で行われている学校選択といっても、全市で行ったり、グループ化したり、あるいは、希望が多かったときの対応とか、さまざまなやり方があります。

 

Q 学校選択とは近所に複数の学校がある場合、希望する学校にいけるということなのか。

A どのような決めているかによります。もちろん、選択というからには、一つの指定された学校以外は認めないというあり方をかえて、選択肢をもたせることになります。

 

Q 世界の大学ランキングは何で決めているのか。

A 基本的には、理系のランクだと思ってください。ウィキペディアの「世界大学ランキング」という項目にどのような基準があるかを、さまざまなランキングごとに説明しています。いろいろな団体がランキングをしていますから、団体によって基準が違います。(ランキングが発表されるときには、どのような基準かをたいていは付記しています。)

 ただ、国際ランキングなので、国際比較ができなければ意味がありません。それが可能なのは理系だということです。文系は、だいたい自国語で論文を書き、それぞれ国内での出版をします。しかし、理系は、研究論文は、国際雑誌に投稿し、国際雑誌にはっきりとランクがあります。Nature とか Science がトップとされていますが、こうした雑誌にどれだけ採用されたか、また、そうした国際雑誌にどれだけ論文が引用されたか、そして、国際的な賞、ノーベル賞などをとった人が卒業生でどれだけ出たか、あるいは教授にどれだけいるか、などの指標が理系では可能だし、また、そうした国際的評価を目標にやっているので、理系のランクは注目されるし、またランクそのものがある程度可能なのです。文系で、理系に近い分野は、経済学で、ノーベル賞もあるし、またランクの対象にもなります。

 しかし、歴史学や教育学で、国内の学会誌に掲載され、その掲載数を、それぞれの国で比較しても、ほとんど意味がありませんし、また、「質」の比較はまったくできません。

 他方、理系の国際雑誌は、すべて英語なので、どうしても英語が国語になっている国が有利であるのは間違いないでしょう。事実、国際ランクの上位は、ほとんどが英語圏の大学です。ベストテンは、アメリカとイギリスの大学がほぼ占めています。

 

Q 岩倉使節団が帰ってから学制を発布していたら、どのように変わっていたか。

A あまり考えたことがないので、思いつき的な回答になりますが、学制は実質的な法ではなく、宣言のようなもので、実際に学校は設立されていきましたが、そうした必要性は、誰でも感じていたし、岩倉使節団帰朝後に、その原理を変えたということもないので、歴史的進行を変えたようなことはないと思われます。

 

Q 戦前の教育で今の教育に取り入れたらいいことなどはあるのか。

A 例えば、教育勅語がいいと思っている人たちは、教育勅語を復活させたいと思っています。しかし、文書としての教育勅語ではなく、教育勅語を中心とした教育がどのようなものであったのかを、正確に理解した上での話なのか、疑問はあります。

 教育といっても、かなりの変化があるし、それは時代の要請によって変わってきたので、以前のよさを取り入れるというのも難しいでしょう。個人的にいえば、今の学校は肥大化してしまったので、もっと学校でやることが少なかった「スリム」な体制に戻したいとは思っています。個々人で考えてほしいことです。

 

Q ヨーロッパでは通学区はなかったということだが、今ではあるのか。

A これも説明したように、国によって違いがあり、フランスなどは、かなり厳密な通学区があったとされています。通学区がなかったというのではなく、厳密な意味での通学区はなく、あったとしても、住民の事情や希望によって、柔軟に対応されてきたということです。それは、今でも変化がないといえます。

 

Q 免許更新制はなぜ導入されたのか。

A 教師の資質に関して、大きな議論があり、今では議論そのものは下火になっていますが、不満が解消されたわけでもないでしょう。

 導入されたのは、教師の能力や意欲に疑問をもつようなことが起り、それが大きく報道されたりして、自動車のように、免許は更新されるべきではないかという論が出てきたことです。しかし、何故教師だけなのか、医師などのほうが問題が大きいのではないか、などの議論もありました。そもそも、大学のようなところで講習を受けたからといって、教師の様々な能力が向上するのかも、大きな疑問があります。

 教師の研修のところで、扱う予定です。

 

Q 教育行政の逆コースについてもう少し詳しく知りたい。

A 一番逆コースを感じさせるのは、教職からの追放だといえます。

 戦後は、戦前軍国主義教育を煽ったという認定をされた人が、教職追放され、生活綴り方教師など、戦前の教育に批判的だったために、教職を追われていたひとたちが、復帰しました。そして、戦後の教育改革を現場で担った人たちの多くは、組合の活動家になっていきました。授業でも説明したように、文部省と日教組は、協力的な関係だったのです。

 しかし、逆コースといわれた時代になると、組合の活動的な教師がどんどん職場を追われることになったのです。学習指導要領が、「参考資料」だったのが、法的拘束力をもつとされる、廃止された「道徳教育」が復活する、公選制教育委員会が任命制になる、教科書検定が暫定措置だったのが、恒久措置になる、勤務評定、全国学力テストが実施される、など、大きな転換がありました。

 もちろん、ここの政策については、それぞれの検証が必要でしょうが、政策がほぼ180度転換されたことは、歴史的事実といえるでしょう。